SNS

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲7年(2013年)
07月08日 16:13
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。
「なんでもメモ」サービス、デライト公開中!
https://dlt.kitetu.com

広告

一覧

=}{*}

SNS 等における写真加工は,デジタル化粧というか,新しい化粧の一種だと思った方がいいんだろうな。

=}{*}

SNS でも,何十万人,何百万人もフォロワーがいるけど何者なのか全く分からない人とかたくさんいる。ネット面白さでもあるし,正直ちょっと不気味だなと思うこともある。

=}{*}

希哲館事業というのは,ある面で,SNS裁断されない人間像追求してきたところがある。とはいえ徒手空拳ではなにも出来ないので,KNS というものを引っ提げてきたわけだ。

=}{*}

SNS というのは恐しいもので,誰もが拡散されたいがために単純化したり過激化したり,アイコンのように小さくなろうとする。そうしない人間は隅に追いやられてしまう。この流れにどこまで抵抗出来るか。その先に新しいものがある気がしている。

=}{*}

Mastodon問題があったとすれば,「SNS」にしてしまったところかな。SNS の次のアイデアが欲しい時代なのに。

=}{*}

そういう意味で,SNS という仕組み限界があるのは明らかで,いわば「良識の府」的な上位の仕組みが必要なのだろうと思っている。それが KNS

=}{*}

SNS感情増幅装置なので,良い結果を生むこともあれば悲劇を生むこともある。人間感情というのはそういうものだから。問題は,人間は理性で感情を抑えることが出来るのに,SNS では感情に勝るものが無いということ。

=}{*}

SNS拡散されるには話を「一口サイズ」にしないといけないのだが,私の場合,それは限りなく不可能に近い。昔でいう「半年 ROM れ」どころではない文脈長さ……。

=}{*}

いま SNS 上で私ほど共感に縁の無い人間も珍しいだろうと思う。普通の日本人として生まれたはずなのに,容姿性格経歴,全てにおいて謎の異人感がある。昔から同じようなことをたまに言っているが,最近顔出しし始めたことで説得力が増したのではないだろうか。

=}{*}

SNS って,やっぱり「共感」を拡げるサービスなので,どうしても風潮流行に乗らないと注目してもらえないし,その内側から全く異なる視点というのは生まれにくい。そこは知能増幅等閑視されがちな理由でもあると思う。

=}{*}

『ポツンと一軒家』みたいに,このご時世に SNS も使わずウェブ上で孤立している癖の強い個人サイト集とか作ったら面白そう。

=}{*}

ツイストを知ると,もう普通のツイートは出来なくなる。全ての投稿有機的に結びついて新しい発見を生む。これは間違いなく,SNS を越えた革新になる。

=}{*}

SNS によってデマゴーグを持つようになり,人々は大衆煽動することに腐心する(インフルエンサー)。これは古代アテナイによく似た状況。やがてソクラテスが現れる。

=}{*}

まだ実装がガタガタですが,SNS の次の形,KNS(knowledge networking service)の片鱗は見えると思うので,是非デライトを覗いてみて下さい。

https://dlt.kitetu.com/

=}{*}

デライトは,少なくとも GAFA のうち G検索演心)と FSNS)を落とせる可能性がある。マーケティング面での手応えもある。ただ一つ,実装荒削り過ぎるのが問題

=}{*}

SNS では好きなものしか見ないようにするのが精神衛生的には一番なのだが,そこで仕事だの情報収集だの義務的な使い方をするとどうしても胸糞悪い情報にも触れるし,さらに政治が絡んでくると狂ってくる。やはり SNS の上の仕組みが必要なんだろうな。

=}{*}

SNS って,趣味の範疇を越えると本当に精神衛生的に良くないんだよな……。SNS 断ちって重要なことだったんだな。

=}{*}

しかし,こんな話,SNS 上ではまず十分に表現出来ないし,伝わらない。だからデルンデライト)を開発する必要があった。

=}{*}

これは SNS で偏った情報にばかり接していると分からなくなる。よく,失言などを取り上げて「これだから○○は〜」みたいなレッテル貼りをしている人を見かけるが,それは大抵の場合○○に限らない現象なので,そう思ってしまう人は自分が偏った情報源に接していないか疑ってみた方がよさそう。

=}{*}

デライトは間違いなく SNS の次の形(KNS)を提示しているので,私が努力を怠らなければ成功時間の問題だろう。

=}{*}

=}{*}

希哲社はこれまで,「SNS 上に情報蓄積しない」「SNS への依存を避け,KNS 開発の持ち辺モチベーション)を高める」といった狙いで SNS消極的利用に留めてきて,これは一定の成功を収めた。ただ,デライトがある今はちょっと状況が違う。

=}{*}

SNS では,思想の異なるもの同士の対話成立しないことが多いが,そもそも「対話」を対立解消手段と捉えることに問題がある。

=}{*}

しかし,SNS はやっぱり窮屈で,特に話題ごとにアカウントが(事実上)必要なのは私には全く合ってないな。

=}{*}

SNS は良くも悪くも感情増幅装置の最たるもの,ということが『100日後に死ぬワニ』で確認出来た。SNS でなければあそこまで盛り上がらなかっただろうし,SNS でなければあそこまで叩かれなかった。

=}{*}

=}{*}

SNS はもう退屈だから KNS にしようとか,人工知能はもうありきたりだから知能増幅にしようとか,こういう発想自体が世間とずれ過ぎているし,世間の「面白い」が自分の「つまらん」になってしまっているのって結構致命的だよな,と思うことがたまにある。

=}{*}

商売ではよく言うことなのだが,何事も「一歩先」が大事。二歩先,三歩先では世間がついてこれない。SNS でも凄く面白いことはウケない。ちょっと面白いことが一番ウケる。

=}{*}

SNS の困ったところは,面白いことを語った途端反応が無くなること……。

=}{*}

とまあ,こんなことを言っても SNS ではウケないのだ。それが答え

=}{*}

SNSアイコンのように小さな人間になるな。SNS に収まらない人間になれ。

=}{*}

例えば,私は思想から技術から何でも思いつくままに書いているが,これは本来 SNS の使い方としてはアンチパターン。「そういう人だと思わなかった」とか「そんな話題は求めていない」と感じる人が必ず出てくる。しかし,私に言わせれば知ったことではない。お前の狭い人間像に他人を閉じ込めようとするな,と言う。私は,自分という人間をありのままに表現出来ないインターネットはもはや後進的だと思っている。

=}{*}

SNS から解脱して KNS(knowledge networking service)という全く新しいサービスを自ら開発利用していて良かったと思う最大の点は,「人格が引き裂かれない」こと。SNS って,ある人の望む面を求めてフォローするものなので,影響力を高めようと思うとどこか演技になっていく。

=}{*}

絶望の時代にみんなが希望を欲しているかというと実はそうでもなくて,SNS などでは絶望感共有したがる人が多い。いわゆる終末願望というやつもあるのかもしれない。

=}{*}

記憶が無ければ思考演算)で有益情報蓄積することは出来ないので,SNS に記憶する機能が乏しいのはやはり問題なんだな。

=}{*}

KNS(knowledge networking service)というのは,そういう意味では「トイレのネットワーク」であるとも言える。極めて非 SNS 的な空間。

=}{*}

デライト画期的なのは,に得体の知れないプラグを差したり,変な装置を装着したりすることなく,SNS 感覚で知能増幅体験出来ること。

=}{*}

でも,「文化」を変えるのって本当に難しいと思う。今は多くの人が SNS で日頃の思いを綴る,ということに慣れているが,それも浸透するまでには時間がかかった。自分の「仮想頭脳」をネット上で育てていく,という KNS としてのデライトもやはり文化的段差が大きい。

=}{*}

SNS は,私にとっては牢獄だった。仏教風に言えば「俗界の極み」みたいなところなのだから,まあ自由があるはずもなかったのだろう。そして私は SNS から出家したわけである。

=}{*}

ある程度 Twitter に慣れた頃,自分の色を出したツイートをした途端,面白いくらい反応が止まった。その時,私は SNS(的なもの)も決して自由世界ではないんだな,と悟った。そこでは「皆の目線」に合わないものに力が与えられることはない。そう悟った瞬間,私はネット界ダース・ベイダーと化したのだと思う。

=}{*}

そんなわけで,大人になったころにはもう,「自分に似ている人間」というのが世の中にいない状況だった。だから SNS を使っていても独り言を垂れ流すようなものにしかならない。誰に共感するでもなく,誰に共感されるでもなく。だから,自分が使うネット媒体SNS である必要がなかったのだろう。

=}{*}

休憩がてら,私がなぜ SNS依存せず KNS(knowledge networking service)なんて構想を創り上げることが出来たのか,少し振り返ってみるか。

=}{*}

SNS を完全に置換するというよりは,インターネット最上流KNS を置ければいいんだろうな。

=}{*}

まずは,趣味や馬鹿話で盛り上がりたければ SNS議論をしたければ KNS,という使い分けが出来ればだいぶ違うだろうな,とは思っている。

=}{*}

SNS拡散力には良い面も悪い面もあるが,用者ユーザー)の良心良識に依存している部分が大きくて,残念ながら治安を保てていないというのが現実。そこをどう補完出来るか。

=}{*}

SNS でどこまで表現の自由を許すかという問題があるが,これも SNS という仕組みからいって恣意的なものにならざるをえない。KNS としてのデライトは,それを運用ではなく設計の問題と捉える。結局,「拡散されたもの勝ち」という仕組みが諸悪の根源なわけで。

=}{*}

私の SNS に対する問題意識は,「理性」を司る仕組みが無い,ということ。感情理性があってはじめて人間なのに,SNS感情を際限なく暴走させる仕組みになってしまっている。これを補完する仕組みとして KNS構想している。

=}{*}

ただ,白熊作戦デライトダーウィンの海短期攻略作戦)が成功すれば,「トランプ敗因KNS普及SNS が力を失なったこと」くらいは言わせられる可能性があり,そこが最低目標。

=}{*}

KNS(knowledge networking service)というと,知的なことにしか使ってはいけないような感じがするが,もちろんそんなことはなくて,SNS みたいに下らないことを書いてもいい(私は駄洒落などを書きまくっている)。ただ,知性が求められる場面でちゃんと知性が力を持つ仕組みは絶対に必要。

=}{*}

SNS,もちろん,趣味などで使う分には好きな情報を好きなように共有出来る,というのは悪いことではないのだが,それと例えば政治などとの間に明確な境界線を引けない以上,共感知性の上に立たせてしまうのは欠陥と言わざるをえない。だから,KNS 的なものはいずれによ誰かが作らなくてはいけない。

=}{*}

でも,こういうことも含めて「機運」なのだろうな,と思う。ウェブ成熟PWA みたいなものも実用的になり,SNS情報発信を日常化すると同時に弊害認識されだし,日本衰退危機感最高潮デライトのような製品がようやく求められつつある時代。ここしかない。

=}{*}

デライト普及するということは,インターネット中心SNS から KNS(knowledge networking service)になり,顕示欲駆動から知識欲駆動転換するということ。世界が変わる。そう簡単戦いではない。

=}{*}

デライトは,簡単に言ってしまえば,の中にある情報を全て SNS 感覚で検索共有出来るようにする仕組み。これを普及すれば,人類知のあり方が一変する。「メカソクラテス」たるゆえん。

=}{*}

で,それが SNS の限界なら,そこでデライトKNS を普及させる意義がある。

=}{*}

=}{*}

デライトSNS から KNS(knowledge networking service)への転換を実現したい。

=}{*}

簡単に整理すると,まず勘報機コンピューター)を基礎にした「知機」という全く新しい機械を作ろう,という望事プロジェクト)があり,その実装として虎哲がある。虎哲開発の足がかりとして,知機の中核理論である輪郭法ブログ感覚で使えるようにしようとデルンが生まれ,さらにそれを SNS 感覚で誰も気軽に使えるように,とデライトが生まれた。

=}{*}

SNS における保守リベラルの差は,人生に余裕があるかどうかの差だと思っている。保守の悲壮感漂う TL に比べて,リベラルの TL は大概呑気だったりする。明らかに良い生活を送りながら,片手間に政治批判をする,みたいな。

=}{*}

「中国人は採用しない」にしても,なんか脱力してしまうのは,倫理観以前にが無さ過ぎるということ。曲がりなりにも先進国一流大学に関わっている者がこの水準の発言SNS ウケを狙ったとしたら,「人類って本当に進歩してるんだろうか……?」という気持ちになる。

=}{*}

簡単に言えば,今必要なのは「大衆が使っても無法地帯にならない SNS 的なもの」で,私はそれを KNS(knowledge networking service)と呼んでいる。そしてそのためにデライトを開発している。

=}{*}

Facebookハーバード大学で生まれた理由として,「個人情報を晒すことに対する安心感引煽(インセンティブ)の高さ」が挙げられる。そもそも今日的な SNS は,一定以上の知性良識を備えた用者(ユーザー)を暗黙の前提として確立されたものなのに,無制限にスケールしようという矛盾を抱えている。

=}{*}

好奇心旺盛で嗅覚の鋭い初期用者ユーザー)たちが盛り上げてきたコミュニティが後追い用者達によって退屈なものになっていく,というのは昔から言われていることだが,いま正に SNS 自体がそういう状況にあるので,デライトKNS(knowledge networking service)という考え方を普及させるには最良の時期なんだろう。

=}{*}

しかし,SNS がつまらない人の下らない話題作りの場と化してしまったのは,予想したこととは言え悲しい色を感じる。

=}{*}

東浩紀さんの Twitter への問題意識には共感出来るのだが,「今更?」というのも大きい。私は7年前には SNS から離脱して自ら KNS(knowledge networking service)を開発し始めたので。

=}{*}

これまでの私の SNS の使い方って,基本的に「ほとんど交流せず一方的に垂れ流すだけ」というものだった。色々事情があったのだが,これもそろそろ見直す時かもしれない。Mastodon の場合,容量的な問題があって新規フォローし辛い,という問題もあったりして。

=}{*}

私は,SNS なんか使いたくないと思ってデルンを開発したが,世の中には SNS で満足している人がたくさんいるわけで,そういう人達の感情も理解する必要がある。

=}{*}

これまでの希哲館事業におけるネット戦略の過ちは,「面白いことさえしていればどんなに難解でも注目される」という間違った期待を抱いていたこと。これは SNS 以前のネットの空気に私自身が慣れていたこともあって,気付くのに時間がかかった。

=}{*}

持たざる者持てる者と対等にやりとり出来る」というのが SNS魅力の一つだが,「大衆感情的に持てる者を引きずり下ろせる場」になってしまうと地獄絵図

=}{*}

ある程度知名度を持ってしまうと,どうしようもない返信は次から次に絶え間なく送られてくるし,どうしようもない話題はどこからともなく回ってくるわけで,ブロックが事実上機能していない,という問題もある。

=}{*}

自分が無知である,ということに気付いていない人の思い込みのままに叩かれる SNS にうんざりしている人は多いと思う。そういうの精神衛生的によくない。私は SNS から距離を置いてきたが,そうじゃなかったらかなりアレだと思う。

=}{*}

最近よく感じるのだが,「頭の良い人」は Twitter のような SNS から抜け出そうとしている気がするし,多分その方がいい。というのも,「無知による批判」を平然としてくる人と同じ土俵に立ってしまうことになるから。SNS が大衆化し過ぎて,一部の人にはしんどすぎる場所になっている。

=}{*}

恥ずかしい話,昔はこれだけ独自性のあることをウェブでやっているのだから,2ch とか SNS あたりでバズって広告収入だけでそこそこ儲けられるんじゃ,みたいなことを内心期待していた。現実,そんな美味しい話はないものだ。

=}{*}{*}

=}{*}

たまに SNS のアカウントなんか観察してみると,いわゆる保守層は必死に「愛国」的な投稿を連投していて,生活を匂わせる投稿も地味なものばかり。リベラルはどうかといえば,知的な仕事や旅行の合間に政治批判をして,美味しい物を食べて,趣味に興じて……。政治に対する切実さが明らかに違うので,そりゃ負けるわと思う。

=}{*}

私がなぜ日頃 SNS の限界等についてしつこく論じたりしているのかといえば,実際,現状の SNS より遥かに優れた情報発信環境というのが存在しえて,それが既に世界のどこかでは人知れず実現しつつある,ということを身を持って知っているから。問題は,誰がそれを普及させるのか。今まさに,そこに挑戦しているところ。

=}{*}

この危機感デライト開発の燃料にしたいところ。このまま SNS言論が委ねられていいわけもないので。

=}{*}

SNS が問題だなと思うのは,こういう風に人間単純化して見やすくなってしまうから。でも歯切れの良い言葉の方が好まれるし,人間の複雑な部分が捨象されてしまう。

12
出力論組プログラム虎哲*イチ 1.01
制作・運営:希哲社
© K1-13 (2007-2019) KiTetuSha