カタカナ語

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲8年(2014年)
06月27日 22:46
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
この描出は「素描」です。
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そもそも,技術者達は適当な翻訳語カタカナ語に長年浸かってきて言語感覚麻痺している部分があるのだと思う。私もそうで,別に自分や仲間内で使うだけなら何でもいい。問題は,それ自信を持って子供達に教えられるの?というところで。

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ちなみに,希哲館事業における翻訳活動意図に関しては,ある程度以下の文章にまとまっている。「なんでカタカナ語じゃ駄目なの?」という疑問をお持ちの方はぜひご一読を。

なぜカタカナ外来語を訳すのか

https://kitetu.com/KNo.F85E/A-5B28-FCB9

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希哲館訳語如零」は,出来たとき自分で驚いた翻訳語の一つ。論組プログラミング)において最も間抜けな語感カタカナ語ヌル」をここまでかっこよく表現出来ると誰が想像しただろうか。

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ちゃんと考えれば良い翻訳語を見つけられるのに,冗長表現力の無いカタカナ語を使い続けるしかない日本人は本当にをしていると思う。

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私は,2007年頃から延々とカタカナ語翻訳し続けてきたのだが,これはデルン無しでは考えられなかった。

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カタカナ語は,翻訳語について検討した上で使うなら問題ない。そうではないのが問題なので,「カタカナ語にも利点がある」という後付けで日本語の現状を肯定するのはちょっと無理がある。

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一部,カタカナ語の方が英語情報との対応が分かりやすいという意見もあるが,カタカナ語が一人歩きして意味がずれていくということは多々あるので,いずれにせよ定義が広く共有される必要がある。翻訳語もそこで定義すればいいので,カタカナ語でなければ,ということもない。

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日本人災害時カタカナ語を濫用し過ぎと批判したかと思えば,「コロナ禍」のように多くの人が読めず意味もよくわかっていない漢字を当たり前のように右にならえで使い出すのが面白い。「忖度」みたいなものか。

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翻訳語を造るというのはその概念について考え抜くということなので,カタカナ依存症思考停止というでもある。何となくカタカナ語を使って誤魔化そうとしてしまう人が多いのはまさにそれ。

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どうりで,明らかに不合理カタカナ語濫用するのもやめられないわけだ。誰かの考えた翻訳語を使うより,多少苦労してもみんなでカタカナ語を使った方が良い,という感じ。かなしいかな,私も日本人なので実は分からないではない。

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カタカナ語を多用するくらいなら英語を使った方がいいし,日本語を使うならカタカナ依存症を是正するしかない。極めて簡単な話なのだが,これを啓蒙するのはたやすくない。

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カタカナ語というのは,単純に低機能なので,カタカナ語で埋め尽くされた日本語言語として非常低機能化しているということ。

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私は,「カタカナ語翻訳するのは不可能(あるいは無駄)」という俗説を一生忘れないというか,忘れられないと思う。憤りというよりは,人間臆病さに切ないものを感じる。

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私は,シリコンバレーあたりの流行孫引きして喜んでいる日本人をこれ以上見たくないし,カタカナ語まみれの日本語もこれ以上見たくない。誰も聞きたくなくても,私は何度でも言う。

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この種の翻訳語研究は,未開過ぎて開拓し放題。この調子だと,現在のカタカナ語のほとんどが希哲館訳語で置き換えられかねないぞ……。

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希哲館訳語日本語を書けるということは,私にとって非常に大きな喜びだ。これまでカタカナ語としてしか使えなかった様々な概念日本語調和する。それは,日本人としての思考に調和するということでもある。

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で,これらは複合語を含んでいないので,全体として翻訳可能になるカタカナ語の数は少なく見積ってもその数倍,ということになる。控え目に言っても希哲館訳語が「日本語史上最大の翻訳語体系」である理由。

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『希哲辞典』は,日本語史上最大の翻訳語体系である希哲館訳語を中心に収録した辞典サイトです。現代で多用されるカタカナ語を数多く翻訳しています。……と,こんな感じで説明文を俺は書く!

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結局,外資系盤本プラットフォーム)がカタカナ語を好むから,日本人はそれに合わせるしかない,という面もある。特に Windows影響は大きいと思う。私が盤本開発希哲館訳語の整備と両輪で進めている理由。

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こういう翻訳系の文章,実は定期的に書いてきたのだが,その度に関心の低さを実感する。書いてある内容の問題ではない。そもそも,多くの日本人カタカナ語に慣れ過ぎていて,それを問題視している人が極端に少ない。読んでもらう以前の問題。この経験から,希哲館訳語は事業の牽引役にはなりえないと考えるようになった。

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最近,希哲館訳語が自分の中で再燃している理由に,論組(プログラミング)教育の問題がある。これまでのカタカナ語悪訳まみれの情技(IT)日本語も,我々大人の技術者達が騙し騙し使っている分にはまだよかった。極めて現実的な問題として,これを子供達に教えるとなると,正直私は罪悪感を禁じえない。

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まあ,ネットワーク外部性にも関わらず,私が一人で希哲館訳語を使っていられるのは,単純に便利だからというのは大きい。例えば技術について覚書を書く時でも,カタカナ語まみれの一般的な情技(IT)日本語に比べて希哲館訳語を使った文章は感覚的に半分くらいの文字数になるし,漢字表現力もあって視認性が良い。

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しかし,希哲館訳語までとは行かなくても,カタカナ語を訳そうみたいな運動って,15年前くらいまではネット上にも散見されたのだが,ことごとく潰れてしまった。その理由はやってみると分かるが,とにかくウケが悪い。

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希哲館訳語如零」が出来た時,論組プログラミング)におけるカタカナ語の中で一番語感が嫌いだったヌルが,書き方次第でここまでかっこよくなるものかと思った。

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日本論組(プログラミング)教育危機感を覚える理由の一つに,「カタカナ語悪訳」が多過ぎるということがある。これまでは下手な翻訳でも何となく技術者たちが汲み取ってきたが,子供たちに教えた時,「国語で習っている日本語と違う」という疑問に答えられるのか。

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ほとんど使う意味が分からないカタカナ語といえば,「プロダクト」。「製品」でいい場合がほとんど。一方,意外と置き換えられないカタカナ語が「プロジェクト」。「計画」では規模まとまりが伝わりにくい。個人的には「望事」という翻訳語を使い始めてはいるが……。

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日本人カタカナ語に依存してしまう最大の理由は「一番文句の付けられようがないから」だと思うのだが,それにしてもな……。

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私はよくカタカナ依存症批判しているが,もちろんカタカナ語にも利点があって,それは外来語にに漢字を無理矢理当てなくていい,というところ。上手く使えば,中国語よりも漢字の役割が明確になる。上手く使えていないのが問題なだけで。

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複雑な概念だからとりあえずカタカナ語にしておく,ではなく,誰も何も考えずにカタカナに置き換えるだけ,って本当に今の日本の情技(IT)業界悪習だよな。

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しかし,「バッファオーバーフロー」とかも,よくカタカナで書いてきたよなと思う。技術用語として,誰も面倒臭いとか読みにくいとか思わなかったのだろうか。なわけはないと思うのだが……。

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インドの言語事情には詳しくないが,中国語は間違いなくカタカナ語まみれの日本語よりは情技(IT)向きだと思う。この点,問題すら理解していない業界人が多いので頭を抱える。

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日本の情技(IT)業界の病が「思考停止」にある,というのは,カタカナ語を咀嚼して日本語の概念にする力が無いということでもあるし,そうして出来た日本語ではカタカナ語を適当に組み合せたような思考しか出来ないということでもある。

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カタカナ語の翻訳をしているとよく思うことなのだが,翻訳語というのはその概念を言語体系の一部にする作業で,ちょうど食べ物を消化して血肉に変えるようなことに似ている。カタカナ依存症というのは,食べ物を消化せず胃に溜め込んでいるようなもの。

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皇室の先細りは放置し,カタカナ語の氾濫は放置し,情技(IT)産業の停滞は放置し,人口減少は放置し……お祭騒ぎだけは楽しむ。日本人って一体……。

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面白いことに,これだけ明らかな問題で日本人として看過してはならない課題であるにもかかわらず,「カタカナ語翻訳」という話題は今のところ完全に黙殺されている。ここに業界の闇がある気がしている。

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実は希哲館発足当初から翻訳活動というのはしていたのだが,情技(IT)文書って翻訳しようとすると「英単語をカタカナに置き換える作業」が大半を占める。これは翻訳をしていると言えるのだろうか,という疑問が希哲館訳語の原点になっている。

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情技(IT)教育を考えた時,やはりカタカナ語悪訳の問題は解消しておく必要がある。現状の情技日本語は子供に学ばせられる代物じゃないし,はっきり言って,恥ずかしい。もっとまずいのは,それを自覚している者が少ないということ。

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カタカナ語はあくまでも補助的に使うべきものであって,それに依存してしまうと日本語の表現力を十分に活かせない。これをいわゆる技術者にどう理解してもらえるか,だと思う。

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カタカナ語というのがいかに間延びした表現か分かりやすいかもしれない。

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外国から流れてきた技術をその場しのぎで取り入れる。この繰り返しで主体性を失なってきた日本の情技(IT)業界を,カタカナ語の山が象徴している。

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特に,自分の考えた訳語がたまたま中国語と被ったりすると,ちょっとゾクっとする。中国人カタカナ語とは無縁でアメリカを脅かす技術力を付けようとしているわけで。その強さが実感として分かってしまうというか。

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カタカナ語を一つ翻訳するたびに,なぜ日本の情技(IT)業界の生産性が低かったのかが身にしみて分かるという恐怖体験をしている。こんな日本語使っててまともに思考出来るわけがない。

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昔,「バーチャル仮想と訳すのは間違っているから新しい字を造った」みたいな趣旨で長文を書いている人がいたのだが,それが見事に8割くらいカタカナで出来た文章で,あれはあれでちょっと笑ってしまった。志は買うが,「木を見て森を見ず」というのはこういうことだなと。

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ラテン文字は表音文字とはいっても,やはり綴りには歴史的な名残りがあったりして,視覚的な表現力というのも無視できない。「ライト」と書けば〈light〉〈right〉〈write〉の代わりになるかといえば,そんなわけはない。

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技術者にはカタカナ語がなぜ駄目なのか分かりにくいかもしれないが,仮名はあくまでも日本語に合わせて単純化したもので,当然だが表音文字としてラテン文字と同格ではないし,どうしても漢字で表わしにくい語を表現する補完的な手段というのが合理的な位置付け。何でもカタカナ化するのは日本語の機能劣化でしかない。

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日本の情技(IT)業界が停滞している大きな理由の一つに,「日本語の表現力不足」がある。これに関して私以上に意識して具体的な取り組みをしてきた者はいないと思うのだが,裏を返せば,非常に認識し辛い問題だということでもある。英語で考え英語で表現すればいい人間と,それをカタカナで模倣している人間,どちらが有利かは言うまでもない。昔の日本人がやったように,新しい時代において日本語が持つ潜在力を最大限に引き出すには大規模な翻訳運動が必要だ。

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希哲館訳語の主な焦点は,翻訳されずに放置されているカタカナ語の翻訳にあるのだが,定着してしまった悪訳の改訳を試みることもある。過去には浮動小数点を「浮点」としたり,最近では名前空間を「名称空間」にしたり。

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