世界金融危機

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲11年(2017年)
10月26日 01:28
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール
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最近,希哲館の歴史をまとめているのだが,振り返ると時代連動し過ぎていて怖い世界金融危機WinFS頓挫と同じ頃に希哲館事業発足しているのも,ネット成熟した頃にデライトが出来,その直後にコロナ危機が来たのも……。

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世界金融危機日本人から自主性を奪ったが,コロナ危機はむしろ奮起せざるをえない状況まで追い込まれる気がする。

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日本人自主性喪失したのが世界金融危機社会に余裕が無くなったせいだとすると,コロナ危機は……。でも,もう底を打ってたのだから意外と跳ねるかもしれない。

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私はよく,日本における外来語翻訳望事プロジェクト)が世界金融危機2007年)を境に軒並廃れた,という話をしているが,その一つだった『造語院』が懐しくなって見てみたら,「最終更新日2007年」でゾクっとした。

http://www.nextftp.com/isya/zougoin/

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世界金融危機以後の,あらゆる面でアメリカ追従になった日本において,ただ希哲館だけは,シリコンバレーを叩き潰し日本を誰も見たことがないような繁栄に導くことを語り続けた。それがいかに絶望的なことであろうとも。

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本当に不思議なことに,その世界金融危機と同時に発足したのが希哲館事業だった。知識産業革命によって日本を世界史上最大の極大国ハイパーパワー)に成長させ,国際秩序を塗り替えることを目指して……。絶望希望奇妙な入れ替え。

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世界金融危機金回りが悪くなって,色々な立場の人がを見ていられなくなった,というのはあると思う。シリコンバレー真似事も,カタカナ依存症も,現実主義といえばそうなのかもしれないし。

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肌感覚として,日本人が独自の技術世界と戦おうとか翻訳語を整備しようとかの動きが世界金融危機以前以後で全く違う気がしている。危機以後,日本人去勢されたように大人しくなってしまった感じがある。

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というか,「英語が普及してるし日本語は適当でいいや」ってやっぱり「シリコンバレーが強いし日本人はその真似してればいいや」の精神通底してるよな。やっぱり世界金融危機以後の日本人精神性なのかもしれない。

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というわけで,ネットの関心が知識から感情に移った理由は,ネット人口の拡大と世界金融危機以降の「選択と集中」で説明出来そうだ。

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で,この状況に追い打ちをかけたのはやはり世界金融危機なのだと思う。人間,貧しくなるとどうしても目先の利益を追うようになるので,急拡大する SNS の魅力には勝てなかった。

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Wikipedia が始まったのが2001年,それから間もなく SNS の普及期が始まっている。これが何を意味するか。アメリカ同時多発テロ事件イラク戦争,ネット接続環境の普及,世界金融危機……。

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で,なんでそんなことが考えられたのかと言うと,当時の私を取り巻く環境では今考えるとかなり景気が良かった。正直,日本中が暗い雰囲気に包まれているのが不思議なくらいだった。

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非常に面白いなと思うのは,日本人の心をへし折ったその世界金融危機が顕在化したのと同じ年に希哲館事業が始まっていることだ。日本の情技(IT)産業から世界の頂点を取れる企業を生み出し,それによって日本極大国(ハイパーパワー)に導き,新国際秩序を樹立することを目指して。

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日本の情技(IT)業界で中身のあるものが作りにくくなってしまったのも,やっぱり「貧しさ」が根底にあると思う。世界金融危機の頃までは,分かりやすく言えば「Windows を越えよう」みたいなノリのプロジェクトって結構あった気がするけど,それ以後は「シリコンバレーの流行に上手く乗っていこう」になった。

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ただ,私は今も昔も希哲館事業のおかげで希望に溢れている。希哲館日本を世界史上最大の極大国(ハイパーパワー)にする,と事業を始めたのは世間が憂鬱な雰囲気に包まれていた世界金融危機の頃だった。

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情技(IT)に限らず,最近,世界金融危機の頃とは別の閉塞感が日本社会を覆いつつあるような気がしている。これだけ手を尽くしてもやっぱり日本はどうにもならないのか,みたいな……。

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選択と集中,というのは簡単に言えば「冒険」だ。世界金融危機から明らかに日本の IT 企業は独自性を放棄し対米追従になっているのだが,これも冒険する余裕が無くなったからだ。

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希哲館事業が発展するとともに,世界金融危機の影響も顕在化し,日本人は主体性を失なっていった。翻訳語を考えようというよりも英語を学ぼうという考え方になった。同じように,10年前には見られた「日本から世界的盤本プラットフォーム)を生み出そう」という志を持つ者も少なくなった。

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2007年希哲館事業が発足してから,入れ替わるように日本人の思考が小さくまとまってきたな,と感じていたのだが,最近それが世界金融危機の影響だったことに気付いた。失われた二十年という背景があっても,世界金融危機までは見かけたような意欲的かつ独創的な事業がほとんど見られなくなり,米国の流行を追いかけるようなものばかりになった印象がある。

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