日本語

描主宇田川浩行K#F85E
下描き希哲6年(2012年)
08月26日 00:42
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

日本語

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希哲館では,日本語カタカナ依存症克服するための翻訳語体系構築しているので,是非力を貸して下さい。

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あ,言われてみればプロフィールって「横顔」だった……日本語輪郭というと連想するが,アウトラインはそうでもないな……でも何か似たような言葉があった気がするな……というところで止まっていた。こういう示唆によく助けられる。

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私が希哲館訳語を通して日本語改革を試みているのは,日本知識産業革命成功すれば,日本語英語に取ってかわる可能性があるから,というのもある。

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カタカナ語は,翻訳語について検討した上で使うなら問題ない。そうではないのが問題なので,「カタカナ語にも利点がある」という後付けで日本語の現状を肯定するのはちょっと無理がある。

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ソーシャル ディスタンシングソーシャルを「社交」と訳すのは私も最初に脳裏をよぎったのだが,日本語における「社交」は「付き合い」の意味合いが強く,例えば公共空間で不特定多数の他人と居合わせたりすることを指しては使わないので,適切な表現ではない。

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最近のコロナ危機でも日本語カタカナ依存症を問題視する声が上がったが,翻訳語を考えるということは,外来語をよりよく理解表現選択肢を広げることなので,使うか使わないかにかかわらず意義のあることだ。

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翻訳学がその重要性普遍性にもかかわらず確立されていないのは,翻訳という文化が「主体性の強い傍流」で生まれるから。英語圏では必要性に乏しいし,現在の日本では日本語は尊重されていない。

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日本語におけるカタカナ依存症問題根深いのは,昔から多くの日本人がそれを問題だと思っていたのに,誰にもどうにも出来なかったことだよな……。

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最近,希哲館訳語を使った日本語ってもう新しい日本語なんじゃないかと思いつつある。希哲館日本語というか。もともとそういう構想もあったのだが。

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私は日本語世界に誇れる知識技術蓄積したいと思うし,希哲館訳語はそこから自然に生じたものなのだが,そもそもこういう考え方が出来る日本人なんだろうな。みんなどこか諦めてしまっているというか。

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カタカナ語を多用するくらいなら英語を使った方がいいし,日本語を使うならカタカナ依存症を是正するしかない。極めて簡単な話なのだが,これを啓蒙するのはたやすくない。

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カタカナ語というのは,単純に低機能なので,カタカナ語で埋め尽くされた日本語言語として非常低機能化しているということ。

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学術に関わっている人間で,日本語におけるカタカナ依存症がなぜ不味いのか分からないと言う者がいたら,心の中で往復ビンタしたい。日本衰退もするわ。

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カタカナだらけの日本語を見てまずいと思っている日本人はおそらく少なくない。それでも,どう動き始めたらいいのかが分からないのだと思う。

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何度か言っているが,日本語におけるカタカナ依存症って,ある意味,日本人性格象徴でもある。何となく周囲に合わせる,争点を作るような提案は避ける,等々。そしてなぜ私が希哲館訳語なんてものを作れたのかといえば,見ての通り私は協調性皆無であり傲慢であり冒険を恐れない性格だからだ。このをどう埋めるか。

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希哲館訳語について一つだけ確かなことは,これが普及しないのだとしたら日本語におけるカタカナ依存症解消する方法はもう無い,ということ。

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私は,シリコンバレーあたりの流行孫引きして喜んでいる日本人をこれ以上見たくないし,カタカナ語まみれの日本語もこれ以上見たくない。誰も聞きたくなくても,私は何度でも言う。

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日本の情技(IT)産業飛躍する時というのは,日本人が自らの感性思考最大限に活かして知的創造をする時だ。そこで母語である日本語軽視されていいわけはないので,希哲館訳語のようなものは必ず要請される。

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日本人はなぜ「日本語で語ること」をここまで軽視するのかという問題については常に考え続けている。どう考えたって,今のカタカナ依存症が良いわけはないし,それを認識していないわけもない。なのになぜか誰も抜本的な解決策について考えてこなかった。

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希哲館訳語は,希哲館がいかに「自分の言葉で語る」ことに拘り,努力し続けてきたかのになっている。日本語で育った人間として,これ以上誇らしいことはない。

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希哲館訳語日本語を書けるということは,私にとって非常に大きな喜びだ。これまでカタカナ語としてしか使えなかった様々な概念日本語調和する。それは,日本人としての思考に調和するということでもある。

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翻訳語体系」と言えるほどのものが世界に無いので,考えてみれば日本語に限る必要も無かった。

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翻訳語献典コンテンツ)として注目されていないということは,今やればやるだけ先行者利益を得られるということでもある。そもそも,今の日本語において翻訳語重要でないわけはないので,それに多くの人がいつ気付くかというだけの問題なのだ。

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そして何より,この「言語的負債」を次世代に残すわけにはいかない,ということ。私は,大人責任として,日本語を取り戻し子供たちに伝えたい。

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希哲館訳語を造り始めてから,私は,日本人としての言葉を奪われていたことを初めて実感した。日本語って,こんなに借り物だらけだったのかと。

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もしあなたが,日本はこのまま衰退していくに違いないと言うなら,私は日本を世界史上最大の国してみせると言おう。日本語などもう捨てて英語に染まってしまおうと言うなら,日本語を世界中の人々が使うようにしようと言おう。希哲館にはこの世で最も大きく,決して枯渇することの無い希望がある。

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なんで大事なことを,日本人日本語で語れないのだ。この疑問大事にしたい。これ以上素朴なことはなく,これ以上重要なこともないこの問いに,我々は正対しなくてはならない。

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この勢いだと,大袈裟でなく,日本語希哲館訳語以前以後で全く質の違うものになるかもしれない。

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というか,「英語が普及してるし日本語は適当でいいや」ってやっぱり「シリコンバレーが強いし日本人はその真似してればいいや」の精神通底してるよな。やっぱり世界金融危機以後の日本人精神性なのかもしれない。

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希哲館訳語のようなものがこれまで無かった一つの理由に,英語中心主義の普及というのはあるかもしれない。翻訳って,どこか国粋主義というか,自文化中心主義的な動機が必要で,日本語で自分の思想を表現したい,という強い思いがないと出来ない。

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希哲館訳語は,もともと「コンピューティング・ルネサンス」という希哲館事業最初期の望事プロジェクト)を補完するものから始まっている。勘報コンピューティング)に関する体系的情報源を作りたいと考えた時,日本語にそれだけの記述能力が無い,という問題に直面した。

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これだけの翻訳語を一覧にして眺めてしまうと,これまで日本人は本当に日本語を使えていたと言えるのだろうか,という気分になってくるな……。嫌味ではなく,童心にかえって大人たちに「どうして僕たちの言葉を守ってくれなかったの?」と聞きたい。うるんだ目で。

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希哲館訳語日本語を取り戻す。それは,日本人の力を取り戻すということでもある。

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というわけで,日本語中国語に無い特性遊画(ビデオゲーム)産業育成に役立った,ということは疑いの余地が無いと思う。では欧州諸言語に対する優位性って何だったのだろうと考えていて,やっと今日気付いたことなのだが,昔の日本の遊画って「絵本」に近いものだったなと思う。

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昔の日本の遊画ビデオゲーム)って,単に小容量低解像度に耐えうる仮名が活用されていただけではなくて,部分的に漢字多用されていた。個人的にはファミコン『ドラゴンボール』系あたりが印象深いが,結局これって日本語の文化そのものだったんだなと思う。日本語が中国語と根本的に異なるのは漢字相対化していることだから。

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日本語の力といえば,最近,日本の遊画(ビデオゲーム)産業における日本語役割について考えることが多い。昔の遊画って仮名ですら削らなければならないほど節約が必要だったので,仮名を持つ日本語中国語等に対して優位だったのは間違いないと思うのだが,表音文字を使う言語はいくらでもあるわけで,それだけでは日本の遊画産業の飛躍は説明出来ない。

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バグダードの「知恵の館」(バイト・アル=ヒクマ)ではギリシャ語文献のアラビア語への翻訳が盛んに行われ,古典古代知識継承発展された。これが欧州の諸言語に翻訳され,いわゆる累新ルネサンス)に繋がる。今度は「希哲館」によって,日本語が同じような役割を担うだろう。

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ビデオゲームをそのままビデオゲームとして輸入すれば良かったのだが,日本語では当時ビデオというと VHS 的なものを指していて,テレビに映るゲームだからテレビゲーム具体化されてしまい,抽象度の低さゆえに応用出来なくなってしまったという面白い例。

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なぜ私がテッド・ネルソンマイクロソフトでも実現出来なかったことを実現出来たのか。なぜこれまでの日本語で実現出来なかった翻訳語体系の構築が実現出来たのか。それは多くの人にとって「あったらいいもの」が,私にとっては「なくてはならないもの」だったからだ。「必要は発明の母」とはよくいったものだ。

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希哲館訳語を造っていて思うのは,これも結局,デルンと同じで多くの人にとって「あったらいいもの」でしかない,ということ。日本語カタカナ依存症を問題視する人は多いが,じゃあ翻訳語が「なくてはならないもの」かというとそうではない。そう考えると,デライトのように,徹底的に参照しやすくした辞書サイトがやっぱり必要か。

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もう一つ,仮名だけでなく漢字と併用する日本語ってやっぱり初期の遊画ビデオゲーム)にとっては重要だったんだろうなと最近思う。振り返ると,漢字駒手コマンド)とか演出の一部に使う作品も多かったし,あれはあれでいちいちアイコンを考えるより合理的だったんだろうなとか。

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そういう意味でも,やっぱり日本人が日常的に使うサービス日本人日本語を最大限に活かして作らないと駄目だな,と思う。外資系日本語日本語話者弱体化させている。

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ルック&フィールにおける「フィール」は感じるというより手触りという意味合いなので,日本語で平たく表現するなら「見た感じ・触れた感じ」でやっぱり「見触れ」が適当な翻訳語なんだろうな。

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日本語はどちらかというと大器晩成型の言語,扱いはじめは難しいが奥は深い言語なので,むしろ英語よりも最終的な可能性は高いところにあるのではないかと思っている。そしてここに日本の情技(IT)産業逆襲シナリオがある。

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希哲館訳語を考えていても思うが,やはり今の日本の情技(IT)業界の問題として,日本人開発者日本語的に不自然なものを作ってしまう,だから外国製品に対して言語的親和性差別化出来ていない,というのは間違いなくある。国内ですら支持を固められない。

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Mastodon日本話題になって間もない頃,「トゥート」は「ツート」にした方がいいとツートしてそれなりに拡散されたことがある。ツイート連想しやすいし,そもそも日本語では歴史的にタティトゥテトが発音しにくくタチツテトになったという経緯があるので,ツートの方がより親しみやすく感じられる。

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つまりはこういうこと。録入りログイン)は初見の人でも分かるように言語表現記号を組み合せておき,録落ちログアウト)は最小限の表現で済むようにする。しかも日本語なら「落ちる」だから多くの人にとって直感的

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でも C++nullptr してしまった。そして「偉い人が決めたことだしみんなも使ってるから」みんなが黙って使う。そういうところが,日本語カタカナ依存症を髣髴とさせる。私なら,多少問題が起きようが nil にしろと言う。それで問題の起きるような交度(コード)があるならそいつが悪い。書き換えろと。それが出来ないから「言語的負債」が積み上がっていく。

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日本語カタカナ依存症C++命名の悪さは,多分似ている。無難選択を重ねていくうちにどんどん醜くくなっていく。美しい言語というのは,どうしても誰かが自分の感性を信じて突き進まなければ出来ない部分がある。画家がいちいち指図されて良いが出来ないのと同じで。

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しかし,もう一つ希哲館訳語を振り返ってみて痛感するのが,日本語改良するものでありながら,これほど日本人離れした仕事もないな,ということ。膨大な翻訳語を一人で勝手に創り,勝手に使い続けることが出来る日本人というのは,少なくとも私が知っている日本人像からはかけ離れている。だからこそ続ける意義がある。

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……つまり,デライト成否で全てが決する。日本人日本語で考え,自ら開発した論組(プログラミング)言語で,世界初の実用的な知能増幅(IA)技術を世に出す……これが失敗した後,同じような望事プロジェクト)が再び日本から出てくることを想像出来るだろうか。

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日本語カタカナ依存症危機感を持ち,翻訳語整備関心を抱く日本人は,私の感覚では1万人いるかどうか。決していないわけではないが,決して十分でもない。1万人の関心事を1億人の関心事にするにはと考えた時,やはりになるのはデライトとの相乗効果

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逆に言うと,それぐらいの超大望事プロジェクト)でも背景になければ日本語カタカナ依存症根治するような翻訳語体系創造なんて不可能だったわけで,これまで出来なくても無理はないよな,と思えるようになった。日本人は為す術を知らなかっただけで,怠慢だったわけではない。

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コンピューティング・ルネサンス」という概念重要性を強く確信していたにもかかわらず,それを日本語表現出来ないという悔しさ。この時,正直に言って私はこれまでの日本人怠慢に激しい憤りを覚えた。もちろん,今となってはみんな悪気があって放置していたわけではない,ということは分かるのだが。

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希哲館事業が最初に目指したのが「コンピューティング・ルネサンス」(computing renaissance),つまり流行に左右されない枯れた技術を中心にコンピューティングに関する能法ノウハウ)を集成し,知識産業の新しいにしよう,ということだった。この時,日本語がこの分野についてほとんど何も語りえない言語であることに気付かざるをえなかった。希哲館訳語原点

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今日の出来れば使いたい希哲館訳語:ふれしらせ【触れ知らせプレスリリース報道機関向けの発表日本語の「触れる」には広く人々に知らせるという意味がある(御触れ)。

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今日の絶対に使うべき希哲館訳語:みちで【道手メソッドmethod)。メソッドの原義は「従う」,転じて「体系化された方法」という意味になった。日本語の「」()は手段方法の意でも用いられる。

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日本論組(プログラミング)教育危機感を覚える理由の一つに,「カタカナ語悪訳」が多過ぎるということがある。これまでは下手な翻訳でも何となく技術者たちが汲み取ってきたが,子供たちに教えた時,「国語で習っている日本語と違う」という疑問に答えられるのか。

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込め言コメント)はデルン上で管理していて,素交ソース コード)にはその識別子(知番)しか書いていないし,読んだところで見ての通り独自の翻訳語を多用した日本語なので,解読するには GAFA 級の企業が全力を挙げても5年はかかるだろう。

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しかし,「用合い」(UI)という希哲館訳語もずいぶん思い切ったな。頭字語音写した翻訳語って日本語で初めてじゃないか。

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ペロシ議長が「大統領弾劾されました」と発言しているし,英語圏ニュースサイトはどこも〈impeached〉と表現しているので,そういうものなんだな,と勉強になった。日本語情報源だと,まだ弾劾未確定,みたいな感じなのだが,英語情報だともっと達成感がある感じ。

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『MR.LONELY』の次に流れてきたのが BoA さんの『JEWEL SONG』で,「ウォウウォウ」で終わり「ウォウウォウ」で始まったのだが,そういえば日本語の歌詞によくある「ウォウウォウ」ってなんなんだろう。英語風だけど,あんまり洋楽で耳についたことが無いような……。

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そんな作業をしながら感じたことだが,「理腑」(リファクタリング)という希哲館訳語,これ以上の翻訳語日本語ではありえないので,是非使ってほしい。というか,技術者なら悪いことは言わないから無理にでも使え。リファクタリングとは「腑を理(おさ)める」こと。この表現を使わないだけで技術者として損している。

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日本語で「プロジェクト」を使う場合,遠大で冒険的な感じがするので,「遠くを見る」と「希望」の意を兼ねる「」は適切な字。あと,「プロ」を日本語で音写する場合,縮約してホ(ウ)かボ(ウ)が好ましいので,音声的にもさほど悪くない。

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Wikipedia とは別に,日本語を主体とした世界的に有益な情報源を何か一つでもドーンと作りたい。世界中の人々が日本語を学びたくなるような文化を作ろう。そして日本語を英語よりも広く使われる言語にしよう。

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細かいこと言わなければ日本語も現状では十分な品質で扱えるわけで,あとは語彙改良だけだな。

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こういう「パッケージ」の使い方って,日本語で表現することを怠っている感じもするし,政治商業化親和性が高い気がする。一時期の「マニフェスト」に近いかもしれない。大衆に分かりやすく,が表面的なものになってしまっているというか。

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