C and D three キャンディースリー
Cμ,Cν,Dσ の三言語。Cμ と Cν を合わせて Cμν(シー・メーネー,シー・ムーン)と言う。
最初は CD = seedy(種が多い,みすぼらしい) で,CD3(シーディースリー) としていた。
キュニコス派的。
C++ 互換の Cμ(シー・ミュー),それを基に C 系言語の範囲で文法を整理した Cν(シー・ニュー),そこから更に大胆な改変を加えた Dν(ディー・ニュー)だ。そして究極的には綜語に統合していく。
Cμ と Cν を併せて「Cμν」(シー・メーネー/シー・ムーン)といい,これに Dν を加えて「CD3」という。メーネーはギリシャ語で「月」,CD3 の「CD」は 〈seedy〉(種が多い,みすぼらしい)にかかっている。月(水月)と種は希哲館では希求主義の象徴だ。言語開発に関しては派手な急進よりも地味な漸進を主義としているから,「みすぼらしい」というのも体を表わしている。キュニコス派的とも言えるかもしれない。
そんな現実主義が功を奏して,Cμ はすでに実用水準にあり,月庭のコンテンツ管理システムである虎哲*イチも Cμ で書かれている。ところが,短いうちに Cμ 自体が進歩しすぎたため,イチを修正するには全体的に書き直さなければならないという状況にある。
しばらくは CD3 の整理に追われそうだ。
Cμ(シー・ミュー)は,希哲館・宇田川が開発する C++ 互換プログラミング言語である。ライブラリやフレームワーク等,「語彙」の面から言語改良を計る「ミュージアム言語」を提唱している。
ラテン文字のみによる表記は「C-Mu」を正式とし,省略形は μ を u で代用して「Cu」とする。ファイル拡張子には .Cu,.Hu を使用する。
正確には,枯れており互換性の高い C95 と C++03 の仕様を基準とする。
Cμ の設計思想の核心には,「C Off-Roading」(COR:コア)がある。これは,舗装路を走るような快適なプログラミング環境よりも,悪路を走りやすい自由なプログラミング環境を提供することを目指している。
2013年4月8日,正式に虎哲の主要開発言語として位置付けた。
「μ」(ミュー)は,ミュージアムの略であるとともに,その語源であるギリシャ語「ムセイオン」(μουσεῖον)の頭文字である。
当初(2012年4月頃),「Museum C」(ミュージアム・シー)を正式名称とし,「Mu-C」(ミュー・シー)を略称としていた。
2013年2月5日,「Cμ」に改称した。
oln_T
}{Cμ の性能}{s_T
}{希哲16年4月29日の開発}{希哲16年3月12日7歩}{希哲16年2月22日9歩}{cu.kitetu.com
}シンスリー,synthesizer of trinity。
宇田川が考案したソフトウェア アーキテクチャー。
X(tri. X),Y(tri. Y),Z(tri. Z)の3要素で構成される「シンセサイザー」(synthesizer,Syn3)の再帰構造によってソフトウェアを構成する。
Cν(シー・ニュー)は,希哲館・宇田川が開発する Cμ を基礎とした新しいプログラミング言語である。
Cμ が C/C++ の言語仕様の範囲内で改良を計っているのに対し,Cν では言語仕様の最適化を計る。
ラテン文字のみによる表記は「C-Nu」を正式とし,省略形は ν を v で代用して「Cv」とする。ファイル拡張子には .Cv 等を使用する。
ギリシャ文字「ν」(ニュー)は,英語の「ニュー」(new)の略(音楽系スラングの Nu にもかかる)であるとともに,ギリシャ語で「新しい」を意味する「ネオス」(νέος)の頭文字である。更に n・ν は,ラテン・ギリシャ両アルファベット順で m・μ の次に位置することから,「Cμ の次」を意味している。
フランス語の「シーニュ」(signe,記号)にもかけている(偶然かかった)。
Dν(ディー・ニュー)は,Cμ にちなんだ DGL(Delinographic Language)の別称である。「D」は C の次を担うプログラミング言語の代名詞であるが,同名の言語も存在するため「更に新しい D」の意を持たせたもの。希哲館・宇田川の造語。
ラテン文字のみによる表記は「D-Nu」を正式とし,省略形は ν を v で代用して「Dv」とする。
Cμ の当初の名称は「Museum C」,略して「Mu-C」であったため,同時に Dν も「Nu-D」(New-D の意)としていた。
2013年2月5日,Museum C を Cμ に改称すると同時に Nu-D も Dν に改めた。
宇田川には Cν という言語開発計画もあるが,こちらは最近(2013年1月頃)生まれた構想で,元々は Cμ(旧・Mu-C)と Dν(旧・Nu-D)の二つが宇田川のコンピューター言語構想における柱であった。