どんな世界であれ,作った物を知ってもらう,買ってもらう,使ってもらう,というのは難しいものだ。
実は私も,こういう市場活動についてよく勉強していた時期がある。効果的な語体や獲句,唱願の作り方が知りたくて,片っ端から実例に目を通して考察を重ねたりした。「デライトの“掴み”の良さ」でも書いたように,デライトが一定の関心を得ることに成功しているのは,そんな勉強の成果かもしれない。
とはいえ,市場活動の実践はデライトが初めてで,それも正味半年足らずという経験の浅さだ。まだまだ素人に毛が生えたようなものだろう。
世の中で売れているもの,流行っているものを観察してみれば,市場活動というものがいかに一筋縄ではいかないものか,よく分かる。
綺麗で整ったものが売れるのかというとそうではない。引っかかりがなく,つるんと飲み込みやすいだけのものは,またつるんと忘れられてしまう。完成度が高ければいいのかというとそうでもない。愛嬌も必要だという。
いわゆる炎上商法は比較的確実に知名度を上げられる方法だが,それはとてつもない汚名と引き換えに手に入れるものだ。それでもその手を使う者が後を絶たないのは,認知されることがいかに難しく,価値あることかをよく示している。
デライトをどう売り込み,知ってもらうべきか,これは開発者である私自身も含めて,まだ誰にも確かなことは分からない。
よく頂く感想に,「風変わり過ぎてとっつきにくい」というものがある。これも,考えよう・使いようで,実は強力な武器になりうる特徴でもある。
印迫を残しつつ,どうやって多くの人に使ってもらえるものになるか。色々な反応を頂きながら毎日学んでいる。しばらく試行錯誤が続きそうだが,これも幸せなことだと思う。
主に企業活動に関わる翻訳を私は「企業翻訳」と呼び重視しているが,最近も面白い企業翻訳語がいくつか出来た。
まずスローガン〈slogan〉の訳「唱願」(しょうがん)だ。スローガンとは,組織や運動を方向付けるための象徴的な文句のことだ。これを「願いを唱える」という意味で唱願とする。類義語に標語・モットー・キャッチコピー・コーポレート メッセージなどがあるが,一つづつ意味を明確化していくことで使い分けもしやすくなるだろう。ちなみに,キャッチコピーは既に「獲句」(かっく)と訳している。
「参派」(さんぱ)というのもある。これはサード パーティ〈third party〉の訳語だ。直訳では「第三者団体」となるが,あまり使われない。カタカナ英語としては,すでに確立している生産者・消費者間の関係に第三者的な立場で参入する生産者を指すことが多い。はじめ,これを「三派」と訳すことを思いついたが,「三つの派」と読めてしまうのが難点だった。そこで,漢数字における三の大字でもある参入の「参」を使って参派とした。簡潔性・直感性・汎用性において良好な訳語だ。
これ以上によく出来たと思ったのが「触れ知らせ」だ。報道機関向けの発表を意味するプレス リリース〈press release〉の訳語だが,これは出来たとき自分で驚いた。「御触れ」などとも言うように,「触れ」という言葉には広く世間に知らせるという意味がある。つまり,プレス リリースなどという煩わしいカタカナ英語で日本人が言いたかったことは,まさに「触れ知らせ」なのだ。この種の訳語としては音声的にも奇跡的な再現度だ。
日本人はカタカナ語を無意識のうちに日本語の語感で使っているのではないか,と思えるほど似た音声で良い訳語が出来ることが多い。これは言語学的に追究していくと面白そうだ。