希哲11年は希哲館事業の黒字化へ

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲11年(2017年)
01月06日 00:47
下描き希哲11年(2017年)
01月05日 02:36
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

希哲11年2017年)を迎え,希哲館事業もついに年内の黒字化を見込める段階に入った。

当事業はもともと研究開発先行型の事業で,理論技術収益化よりも先に確立していた。普通の営利事業は利益を得てから方針を探ることが多いが,当事業の場合はまず確固たる方針があり,それをいかに収益化するかということを探っている。そのため,普通の事業にとっては最初の課題である収益化が,当事業にとっては仕上げに近い課題となる。もしこれが10年目で達成出来れば,出来過ぎた話としか言いようがない。

鳴体〈メディア〉主義への転換

希哲館事業の10年目は昨年11月1日に始まっているが,その直前に著しく進展したことがある。それが,希哲社における開発主義から鳴体〈メディア〉主義への転換だ。

希哲社ではこれまで「ハチ型開発」と称し,受託開発SaaS を統合した想品〈ソフトウェア〉開発を柱とした収益化に挑戦してきたが,これが行き詰まっていた。理由は,想定していたよりも体制作りに時間がかかることだった。結局,そこで収益を生み出す前に資金の枯渇に直面した。希哲社は原則として出資を受け入れないため,小さく始められる,敷居の低い事業でまずは自活していく必要があるが,このハチ型開発はそれが出来るほど敷居が低くなかった。

他にも,希哲館会費『月庭』デルン)の特別利用料金(いわゆるプレミアム),Linux 採り虎哲*イチ販売等が当座の収益源として浮上したが,どれも現段階では補助的なものとしか捉えて来なかったため,十分な収益を得るにはやはり準備不足だった。こうして,収益性を開発力で牽引しようとする試みは頓挫した。

しかし,ただ一つだけ,消去法的に残った収益源があった。それが『月庭』の広告だった。

『月庭』の潜在力

改めて希哲館が保有する知的財産を整理してみると,『月庭』の潜在力が突出していることに気付く。

『月庭』に関しては,鳴体として世界最高水準にあると自信を持って言える要素が,すぐ思いつくだけでも4つある。哲学史を両断する強さの哲学性,徹頭徹尾の独立性,これらに基いて生み出される独自性,そして開発主義時代に培った開発力だ。すなわち,どこよりも深く,どこよりも自由に,どこよりも新しく,どこよりも上手く言論を扱える鳴体であるという自負がある。

これに加えて,昨今の世相が追い風になっている所もある。昨年,多くのネット鳴体が迷走や自滅にいたった。哲学やビジョンの不足による指針の喪失,資本関係による中立性の毀損,独自性の欠乏による権利侵害と粗悪情報の濫造,そして情報の評価と共有をめぐる技術的限界がネット鳴体に対する信用を大きく損なった。『月庭』は,これらの問題に対する有効な打開策をはじめから有している。

また社会的意義という面では,大衆主義反知性主義がはびこり,旧来の知的権威の衰退が叫ばれる世界情勢の中で,それを見越して新しい時代の知的活動拠点を創ろうとしてきた希哲館を母体としている強みが大きい。

希哲館及び『月庭』は政治的立場として「綜道尾派」を標榜し,完全に独立した立場から議論の整理・綜合に徹している。世界的に深刻化する左派右派の対立から離れ,新しい視座を提示することが出来る。

『月庭』の課題と枝葉末節広告

これだけ面白い要素を持ちながら,『月庭』の収益性を軽視してきたのは,もともと希哲館における言論が「非営利」を原則としてきたからだ。つまり,技術で稼ぐことによって言論から営利性を取り除くということが希哲館事業の狙いであり,革新性でもあった。

見ての通り,『月庭』の広告配置箇所は極めて限られている。この文章に広告は付いていないし,付いているページでもかなり目立たない所に配置してある。希哲館広告掲載基準により,『月庭』では品位を損わない程度の広告しか許されない。当たり障りの無いところに配置される広告ということで,これを「枝葉末節広告」と呼んでいる。

これによって,いわゆる「炎上商法」も行うことが出来ないし,そもそも「金を稼ぐための文章」は書けない。だから,ほとんどおまけ程度の収入しか期待出来なかったわけだ。ついでに言えば,私は自分の思想性を前面に出して文章を書くことがあまり好きではなく,それを売りにする気も無かった。

しかし,他の収益化手段が行き詰まり相対的に重要性が高まったということと,希哲館の理念・品位を損わない範囲で十分な広告収入を得る体制が整いつつあることで,この状況が変わってきた。これは広告配置手法の改善であったり,ウェブサイトの価値を高める様々な技術力の向上など,開発主義体制の中で培われてきたものに依るところも大きい。そういう意味では,これまでの蓄積があってはじめて見出せた活路だと言える。

希哲11年は,これまで従属的な存在だった鳴体『月庭』を中心に据える鳴体主義経営で勝負する年になるが,年内の黒字化達成は楽観視している。これを足がかりとすれば,次の収益化手段に軸足を移すのも容易だ。はじめは妥協するような気分だったが,今ではむしろ理想的な状況だとすら思える。ここで経営が軌道に乗れば,希哲社は瞬く間に世界最大の企業に成長するだろう。

10年という短さ

10年という歳月は,ある種の分野で最低限の経験を積むのに必要な期間なのかもしれないと最近感じる。例えば,職人でもスポーツ選手でも,練習を始めて第一線で活躍出来るようになるまでに大体10年前後はかかるが,ごく新しい情報技術の世界にすら「いいソフトウェアには10年はかかる」とか「プログラミングを独習するには10年かかる」という言葉がある。10年近く冒険的な想品〈ソフトウェア〉開発に打ち込んだ実感から言って,それは恐らく正しい。

当事業はもともと万に一つほどの可能性にかけて始まったもので,私は生涯でその成功を見ることなく死ぬことを覚悟していた。軌道に乗るまで仮に20年,30年かかったとしても早すぎると感じる規模と複雑性の事業だからだ。私が死んだ後,誰かが引き継いで成功させてくれれば良い方で,そのまま永久に消えてなくなる可能性の方が大きい。そう感じていた。

つまり,10年目の黒字化達成は,当事業の進捗が「信じがたいほど順調」であるということを示す。もちろん,達成出来なくても私の意志は変わらず,この無謀な挑戦を生涯続けていくことだろう。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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