140文字の呪縛

描主宇田川浩行#F85E
下描き希哲10年(2016年)
10月29日 17:33
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

その行方に注目が集まっているツイッター危機に関して,私がずっと気になっていたことがある。そもそも「140文字制限」というのは本当に有意義な制限なのだろうか,ということだ。

ツイッター日本で流行したはじめた頃,「140文字制限こそがツイッターの本質であり成功要因だ」というような言説がよく見られ,あまり批判されることなく鵜呑みにされていた印象がある。想品開発者からみると,本当に文字数制限が必要なのか,それが100文字や200文字ではなぜいけないのか,という根拠付けに乏しく見えた。ツイッターの流行と140文字制限とのあいだに明確な相関関係が見られないまま,140文字がある種のマジック ナンバーとして一人歩きしていたのだと思う。

近年,日本でのツイッター普及と世界での伸び悩みという現象を背景として,漢字を活用した日本語の記述能力が140文字制限に適しているという認識が広まった。この制限が普遍的な意義を持っていないことはもはや明らかだ。最近になって,ようやくこの制限を緩和するルールが導入されたが,遅すぎるだろう。私はよくツイッター社の問題として「構想力不足」を指摘するが,やはり同社の経営には「行き当たりばったり」の感が否めない。本来ならば,もっと実証的に文字数制限の有効性を研究しておくべきだったのだろう。

もう4年以上も前のことだが,私は自分で開発しているデルンで,「140字以内」という描出ルールを作り,ツイッターと連動させていたことがある。「ルールを自由に設定し共有出来る」というデルンの利点を活かして,一つの実験として文字数制限の有効性を検証していたわけだ。しばらく運用してみた結果,文字数制限など大して必要ないという結論にいたり,今ではまったく使っていない。私は一人の開発者として当然の疑問を自らの手で確かめたかったに過ぎないが,こうした実証的な研究をツイッター社が行なっていたのかは疑わしい。哲学的な姿勢も科学的な姿勢もないという印象だ。

ツイッターの復活は,この「140文字の呪縛」から脱することが出来るかどうかにかかっているのかもしれない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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