「こうもり問題」とは,木構造で物事を分類しようとした時に発生する問題である。
出典は野口悠紀雄氏か?
デライトには「使い方」というページがあるのだが,これは最初の頃からまともに更新出来ていない。デライト開発もありがたいことに快調で,いちいち更新していられないほど変化が激しかった。このあたりも近日中に刷新するので,もうしばらくお待ち頂きたい。
もっとも,多くのデライト初心者が躓いているのは,細かい操作方法というより,どういう考え方で使っていくものなのか,という所なのではないかと思う。デライトで躓きやすい「使い方の考え方」について,このあたりで少し補足しておきたい。
デライトは風変わりで慣れが必要なものではあるが,特に難解なものではない。開発者の力不足による不親切さは多々あるものの,あくまで誰でも使えるものを目指している。まずは,ちょっとしたゲームのルールを覚えるつもりで読んでもらいたい。
デライトは,個人の知識をよりよく育て,生活の様々な場面で役立ててもらうためのサービスだ。それを突き詰めた結果として,互いに入れ子に出来る「輪郭」という単位で情報を扱う仕組みを持っている。
ここでいう「輪郭」というのも,まずはごく普通の言語感覚で理解してもらえればいい。ある物事の全体を取り囲むもの,という意味だ。もっと具体的にイメージしたければ,手で輪っかを作り,目に見える風景の一部分を切り取って見てほしい。写真の構図を考える時などに似たことをよくやるが,その時に手で作っている輪っかは,世界のある部分の輪郭だ。
その輪郭を,自由に“保存”出来たらどうだろうか。輪郭の中にまた輪郭を作ることも出来る。一つの輪郭は,他の無数の輪郭を含むものであると同時に,他の無数の輪郭に含まれるものになる。そのようにして,“世界を捉える”ことは出来ないだろうか。さらに,この考え方をコンピューティングに応用することで,従来の情報管理が抱えていた問題を解決出来るのではないか。ここからデライトの輪郭という仕組みが生まれた。
例えば,ファイルをフォルダ(ディレクトリ)という入れ物で分類管理する仕組みは広く使われているものの,人間が頭の中で扱っているようには情報を扱えない。一つの物事をどこに分類するかは,見方によっていかようにも変わりうるからだ。これは,一つの情報を一つの入れ物に所属させるような「階層構造」一般の問題(こうもり問題)としてよく知られている。
他方,こうした問題を解決するため,より柔軟な「ネットワーク構造」(グラフ構造とも)を利用した仕組みも広く使われている。Wikipedia などで利用されているウィキはその代表例だ。ウィキは,ウェブのハイパーリンクという仕組みを最大限に活かし,縦横無尽にリンクを張り巡らしながら情報を整理出来るように設計されている。しかし,こうした技術も万能ではない。柔軟な分,散漫・乱雑になりがちで,焦点を絞って情報をまとめることには向いていない。
輪郭による「輪郭構造」なら,両方の利点を上手く共存させることが出来る。輪郭はいわば「宙に浮いている輪っか」なので,階層構造を持つフォルダのような入れ物とみなすことも出来るし,輪郭同士の関係はネットワーク構造のように柔軟だ。以前適当に作った雑なものだが,下図を見ればなんとなくは分かるかもしれない。
一般に,階層構造は少量の情報を明確にまとめることに向き,ネットワーク構造は多量の情報を緩やかにつなげることに向く。
ウィキなどで作られる情報のネットワーク構造は,しばしば,脳の神経細胞群が作る構造に似ていると言われる。情報同士のネットワーク状の結び付き,という大きな括りではその通りだ。しかし,脳はただ漫然とネットワークを広げているわけではない。脳科学・神経科学でも,神経細胞の結び付きには強度差があると考えられている。つまり,脳は優先順位を整理しながら情報をつなげている。「輪郭」を使ってデライトが再現しようとしているのは,この「まとめながらつなげる」脳の機能だ。
進化の観点から考えれば,動物の脳は,環境に合わせて情報を蓄積し,状況に合わせて有用な情報を素早く引き出せるように出来ていなければならない。もちろん生存のためにだ。どれだけたくさん情報を蓄えられても,必要な時に上手く引き出せなければ意味が無いわけだ。大昔から限界が知られている階層構造が,それでも必要とされ続けているのは,情報に優先順位を付けて整理していく,という脳の機能がとらえやすい構造だからだ。
個人知識管理(PKM)の分野でも,ネットワーク構造を活かしたウィキと並んで,階層構造で情報を整理していくアウトライナー(アウトライン プロセッサー)と呼ばれるものがよく使われている。非常に興味深いことに,この二つを抱き合わせたツールが近年のトレンドの一つだ(Roam Research,Obsidian など)。
脳の進化を追うようにツールも進化しているが,デライトが革新的なのは,既存の仕組みを抱き合わせるのではなく,全く新しい一つの仕組みで脳の機能を十分に再現しているからだ。慣れた利用者にとっては,その単純性がこれまでにない直感性につながる。同時に,初心者には分かりにくさの原因となってしまっている。
デライトは,“人間が触りやすいように”脳の機能を再現することに,どのツールよりも徹底したこだわりを持っている。人の脳は,長い長い進化の過程で無数のテストを通過してきた,情報処理ツールのお手本だ。その脳を使って活動している人間にとって,最も直感的に扱えるのは最も脳に似ているツールだ。そして,保存・検索・共有といった部分での脳の弱点を機械が補えば,これまで不可能だったような高度な知的活動が可能になる。
デライト上に流れている無数の輪郭が,いわば「脳のログ」であることを理解すると,初心者を面食らわせてしまっている部分の多くも理解しやすくなるのではないかと思う。
公開されることもあって,どのような内容をどのくらいの頻度で“描き出し”していいものなのか分からない,というのはデライト初心者が抱きやすい感想だろう。この点においてデライトは,活発なチャットやマイクロブログ(Twitter など)の速さで投稿(輪郭)が流れていくイメージで設計されている。それも,「廃人」達の独り言で埋め尽くされているチャットのような状態を想定している。脳のログならそうなるはずだからだ。
デライト上には,一見意味不明な輪郭も数多くある。脳のログだと考えれば,これもむしろ自然なことだと言える。デライトは,“綺麗に整えたメモ帳”を見せるためのサービスではない。頭の中にある情報を,ありのままに可視化することに意味がある。他人の輪郭を見るということは,他人の頭の中を覗いているようなもので,めまいを覚えるなら正常なのだ。
それでも,ちょっと気になった他人の輪郭から良い刺激が得られることは珍しくない。自分の輪郭を他人の輪郭を絡ませることも出来るので,デライトでは面白い知的交流が日々生まれている。疑似的に再現された脳同士が対話しているわけで,これは疑似的なテレパシーと言えるかもしれない。
新しい順に輪郭が並んでいるのも,もちろん脳のログだからだ。先日の一日一文でも書いたように,デライトは,Twitter のようなマイクロブログにも似ている。そして,マイクロブログはしばしばメモツールとして利用されている。これは,時間軸に沿って記憶を辿るような脳の機能に似ているからだ。
デライトでは,マイクロブログ感覚で思いつくままに輪郭を作り,時にはウィキのように,時にはアウトライナーやマインドマップのように,“まとめながらつなげていく”ことで「脳のログ」を可能にしている。
例えば,釈迦,孔子,ソクラテス,キリスト……あるいはカントでもアインシュタインでも誰でもいいが,後世の人間は文献からあれこれ推測するしかない「偉人」達の記憶が,このような形で残されていたら,と想像してみてほしい。百年後,千年後の人々にとって,「輪郭」は古人について知る何よりの手がかりとなるだろう。あなたにとって偉人以上に大切な人生の記憶をこれほど強く世界に刻み込める道具は他にないのだ。
工学的に人間の知能を向上させようという研究分野は,古くから「知能増幅」(IA: intelligence amplification)と呼ばれている。今や世界的な流行語である「人工知能」(AI)に比べて,語られることは非常に少ない。脳にチップを埋め込む,遺伝子を書き換えるなど,どの技術にも大きな技術的・倫理的課題があり,実用段階になかったからだ。
デライトは,それを誰でも使えるメモサービスという形で実現している「知能増幅メモサービス」であり,「世界初の実用的な知能増幅技術」だ。今後の一日一文では,この技術の歴史的重要性についても書いていきたい。
K#9-D657 さん,いつもありがとうございます。
デライトに関しては完全に説明不足の問題なので,どんどん突っ込んで頂けると有り難いです。一人では気付かないところが色々ありますし,デライトも可能な限り分かりやすくして多くの方に使って頂かなければ意味がないので……。
自分の考えの整理も兼ねて,とりあえず簡単にこの輪郭で説明しつつ,「使い方」ページを整備していきたいと思います。しばらくの間,この輪郭は定期的に更新して一覧の上の方に表示されるようにしておきます(輪郭一覧は更新順です)。
輪郭というのは,基本的に「情報の入れ物」であり,それ自体がいわゆるフォルダ(ディレクトリ)とタグ両方の性質を持っています。
要するに,輪郭は似たような情報をまとめ,その概要を掴めるようにするためのものです。「輪郭を描く(描出)」という用語は,普通の使い方とさほど違わず,「物事の全体像を掴む」くらいの意味合いです。
引き入れは,本来深く考える必要はありません。これはこの輪郭にまとめたい,と思ったら放り込んでいけばいいだけです。新規に描き出すのも同じで,コツは深く考えず,思いついたように描くことです。描く前に考えるのではなく,描いてから考えることが出来るようにデライトは設計されています。
例えば,新しい言葉を思いついたとします。まず,その言葉を名前にして描き出します。それが翻訳語であれば,「翻訳語」という名前の輪郭(無ければ描いて)に引き入れます。他にも連想した輪郭があれば,そこにも引き入れます。これを繰り返すことで,それぞれの輪郭が「小さなまとめ」として成長していきます。
どっちが親か子かは必ずしも明確ではない場合があるので,迷ったら両方(双方向)にしてもいいです。後でいくらでも修正出来るので,要は,検索などで見つけられるように紐付けられていればいい,という考え方です。
ただ,現時点で引き外しの実装がまずく,ドラッグ判定が微妙でドロップも左右の黒背景にしか出来ないと思います(出来るだけ早く修正します)。
引き入れは基本的に下(子)側でしますが,「引き入れられたい」場合に上(親)側を使うことも出来ます。これはやり方が逆転しているだけで,貼り付ける輪郭を当該輪郭の子にしたいか,親にしたいかで使い分けます。
現時点で,他人の輪郭の中に自分の輪郭を引き入れることは出来ません。恐らく,入れ子に出来ないのはこの場合ではないかと思います。これは,自分の輪郭の中に不本意な投稿をされるのはどうか,という懸念があったためですが,この制約は紛らわしいので近いうちに廃止する予定です。
最近,「借景」という概念を導入して,他人の輪郭を積極的に利用してもいいと考えるようになりましたが,もともと,自分で使う輪郭は自分で描くことを想定していました。最初は他人の輪郭を見ることすら出来ない状態で離立する予定だったので,今でも基本は「自分で思いついたことを思いつくままに描き出していい」という考え方で,他人の輪郭は参考程度に見たり引用出来るという感じです。
そのためには自分の輪郭と他人の輪郭をはっきり区別出来なければならないのですが,そのあたりのデザインと実装が間に合っていないのも混乱の要因かもしれません。今のところ知番の先頭で区別してもらうしかないです……。
ちなみに,厳密な用語では吹き描きの親の部分を「前景」,当該輪郭(中間)部分を「中景」,子の部分を「後景」といいます。
子が複数の親を持てないフォルダ(ディレクトリ),あるいはアウトライナーにおける見出しのような階層的な構造は,ある一つの視点から物事を系統立てて整理するのに向いています。しかし,これでは情報の全てを一元的に扱うことは出来ません(こうもり問題)。
タグ(ラベル)は見ようによってはフォルダのような入れ物ですが,一つの出与えが複数のタグを持つことが出来,フォルダより気軽に扱えます。しかし,一般的にタグ自体は構造化されないため,タグが増えてくるとタグが整理出来なくなるという問題があります。
Twitter などのハッシュタグも投稿内容で指定されたタグと言えますが,デライトでは,輪郭同士の関係と投稿内容は完全に区別しています。これは,もともとファイル システムにすることを見越して汎用的に設計したので,中身が文字情報であるとは限らないためです。文字情報であっても,引用文のように書き換えてはいけない場合,詩のように直接的な表現を避けたい場合にも,輪郭同士を関連付けることが出来ます。
こうした典型的な分類手法の限界を越えるために,子が複数の親を持てるようにすると,それは無秩序なネットワーク構造になります。これは脳内の物理的な構造に近いためしばしば注目されますが,そのままでは「情報をまとめる」という機能が薄れてしまいますし,「フォルダ」のような物理的な入れ物の比喩はかえって邪魔になります。
そこで,子が複数の親を持つことが出来,なおかつ重要な情報が埋もれないような新しい「入れ物」を考える必要がありました。これが輪郭です。
輪郭は,同じものでも見る角度によって異なり,顔の輪郭の中に目の輪郭があり,鼻の輪郭があり……というように,輪郭の中にも様々な輪郭があります。必要に応じて,全体から細部へと視点を移していくことが出来ます。
引き入れを通じて輪郭同士に入れ子関係を作っていくことで,重要な情報は前面に,瑣末な情報は背面に押し出されるようにしているわけです。
私は,長文からゴミのような思いつきまで,現時点でデライト上に260万輪以上の輪郭を描き出していますが,これは他の司組(システム)では不可能だと思います。