企業の多角化はなぜ失敗するか

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲8年(2014年)
03月09日 23:25
下描き希哲8年(2014年)
03月09日 23:12
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

企業多角化というのは,それ自体悪いことではないが,経営危機の前兆とみなされることも多い。多角化が犠牲にするのは,端的に言えば専門性だ。ある分野で成長が鈍化した場合,小幅に専門性を高めるより,同じ経営資源を投入して新事業を興した方が利益が見込めるようになってくる。

成功した企業でも,ある程度,核となる事業が成熟すれば新事業を興して多角化を始めるものだが,一般に「多角化経営」と認識されるのは,その中でも特に事業の核が見えない場合だ。しっかりとした核があって,それがよく認知されている企業は,多角化していても,多角化に頼っているという印象は与えない。

一番まずいのは,上場出来る程度に,中途半端に事業が成功したものの,すでにその分野での成長性は限界に達していて,逃げ道として多角化を選ぶ場合だ。この場合の多角化というのは,実質的にほぼ「敗走」に等しいわけで,まさしく経営危機の前兆といえる。この例は,日本国内の IT 企業にはよく見られる。もともと国際競争力に乏しい日本の IT 業界では,行く行くは世界の頂点で戦えるというような技術やアイデアを持たないまま,国内向けの,天井の低いビジネスで上場する例がほとんどだ。そのような企業に信念がないと,行き詰まりを感じたところで株式市場からの重圧に負けて多角化を選ぶ。見た目には派手なので,宣伝効果もあり,株主や消費者を惹き付けて小さなバブル状態になることもある。その挙句に,処理できない問題を抱え込んでしまう。では多角化するなということかと言えば,そうとも言い難い。結局,問題は,多角化するかどうかより,中身が伴なっていないことなのだから,そのまま専門分野で粘ったところで結果はそう変わらないだろう。

一方,多角化が成功する場合というのは,事業の核に十分な強度があり,新事業を興すことで既存事業も大きく成長したり,より安定する場合だ。つまり,犠牲にした専門性以上に,相乗効果を生み出せれば良い。それが出来なければ,手を拡げた分,それぞれの事業は専門的な競争力を失い,「各個撃破」されるのを待つことになる。考えてみれば当たり前のことだが,この当たり前のことを実践するのはとても難しい。小林一三には鉄道があったように,必要なのは身体の大きさに相応しい骨組だ。結局のところ,我々は骨を育てることに専心するしかない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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