茂木健一郎さんの脱税よりも致命的な失敗

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲8年(2014年)
09月25日 14:09
下描き希哲8年(2014年)
09月25日 08:32
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

先日,ある女性が茂木健一郎さんに失礼な発言をされたとして,Twitter などで少し騒動があったらしい。内容は本当にどうでもいいことで,目糞鼻糞といえばそうなのだが,その彼女が茂木さんに対して「心根は腐ってる」と刺激的な表現をしたので盛り上がったらしい。私は検索中に偶然見つけただけなので,事の詳細についてはよくわからないし,あまり興味もない。

ただ,茂木さんといえば,一時は脱税騒動で叩かれたが,そんなことよりも人格と見識を疑わせる致命的な失敗があったな,ということを思い出したのだ。

2011年に某動画サイトで配信されたスティーブ・ジョブズ追悼番組でのことだ。茂木さんが元マイクロソフト副社長・西和彦さんの前で,アップル製品を賞賛するために Windows を貶し,西さんが激昂するという場面があった。当たり前である。西さんといえば,世界的に見ても PC 普及期を語るに外せない,いわゆる IT 業界に多大な貢献をした人物である。素人同然の茂木さんにその努力を嘲笑うような発言をされて怒らないわけがない。事実,西さんが口にした言葉で印象深いのは「自分で作ったこともないのに……」というものだった。西さんに対して「大人げない」という印象を持った人もいたようだが,それも大きな間違いだ。

例えば,芸人が,ある分野の専門家を茶化したり,批評家が,あるものごとについて批判すること自体に悪はない。では何が悪なのかといえば,芸人なら芸人としての,批評家なら批評家としての全力を尽くさないこと,真剣勝負をしないことだ。人前で笑われることや批判されることの対価として,やられる側は技術と誠意を求めているのだ。「やっつけ仕事」で自分の仕事にケチがつけられたら,誰でも怒っていいし,むしろ怒れるだけの仕事をしてきたという誇りを持っていなければ恥だろう。

私が西さんに共感できたのは,おそらくこの部分だと思う。それというのも,茂木さんの発言というのが,あまりにも薄っぺらかったからだ。まず,言っていることの程度が低い,浅い。一言でいえば勉強不足である。どこからか借りてきたような横文字を並べて,「エクスペリエンス全体がコンピューティング」で「アップル以外にはそれが理解できていない」などと,はっきりいってジョブズかぶれのその辺の学生でも受け売りで言えるようなことしか言っていない。これがいかに幼稚で,ゆえに侮辱的な発言であるかは,「コンピューティング」を真剣に追求している人間ならよく分かるはずだ。要するに,ここに疑問を感じない層に向けての茂木さんなりの「芸」(パフォーマンス)だったのだと思う。考えてみれば「アハ体験」連呼とやっていることは同じだ。

ちなみに,私は Windowsアップル製品も嫌いだし,とっくに時代遅れだと思っている。グーグル製品すら避けている。ついでに,TwitterFacebook も使わずにそれと同等以上の効果があるネットメディアを構築している。なぜそんなことが出来るのかといえば,あらゆるソフトウェアを自分で作っているからだ。もちろん,そのために洒落にならないリスクと労を背負っている。日本でこんなことをしているのは私ぐらいなので,想像しうる限り最も「ベンダー中立」「コミュニティ中立」の見解といってもまあ許されるだろう。ついでにいえば,特に西さんに対する思い入れもない。先に述べた氏への評価は高い方だと思うが,客観的であるか,少なくとも冷めた目線で書いている。

そういった意味では,Windows に嫌気が指すという心情は理解できる。私も昔は Windows がなぜこんなに使い辛く醜悪なのか不思議で,マイクロソフトに対する敬意など微塵もなかった。だからこそ,マイクロソフト批判,Windows 批判というのはとても安易に,子供にでも出来るのだろう。それが変わってきたのは,やはり実践をするようになってからだ。ソフトウェアを創り上げるということの本質的な難しさ,それをビジネスとして成立させる更なる難しさを肌で知り,実践者の立場でソフトウェア工学を学ぶようになれば,マイクロソフトを馬鹿にする気にはなれなくなる。もちろん,その上で批判したいことは山ほどある。しかし,素人と作り手の目線の差を知ることは重要だったと思う。ちなみに,当のジョブズもマイクロソフトやビル・ゲイツの功績には敬意を払っている。これも当たり前といえばそうだ。

茂木さんには,風潮に甘んじてマイクロソフト批判をする子供に似たような安易さがあったのだと思う。当時はアップルの勢いも凄くて,Twitter などではアップルのファンがやかましかった。私は天邪鬼なので,ジョブズ追悼・アップル賞賛ムードの中でアップルの将来に一人で疑問を呈したりして,ちょっと怒られたりしていたのが良い思い出だが,そんな雰囲気を体感していた者として,マイクロソフトを貶し,アップルを賞賛しておけば敵は作らない,と思えてしまうのも理解できなくはない。ただ,仮にも言論人ならそこで芸を見せて欲しかった。残念ながら,その芸がなかった。おまけに,デリカシーもなかった。

先に述べたとおり,専門家としての芸がないというのは相手に対する敬意もないということに等しい。よくいわれるように,茂木さんは,実質的には「脳科学者風タレント」であって,実際に科学の第一線に立っている人間ではない。要は,そもそも専門に対する敬意がないということなのだろう。地道に真摯に道を追求するよりも,目立つこと,手っ取り早く金になることをやりたがる。この一件を見るまでの私は,ともすれば安っぽいタレント活動と捉えられてしまいがちな茂木さんの露出活動についても,テレビならではの演出で歪められているのだろうと好意的に考えていた。それがこの一件で大きく変わった。それ以来,私の中で「茂木健一郎」は「ペンキぬりたて」のような記号になってしまった。

今年6月頃にも,あまりの「脱税」批判の多さ・しつこさに逆上して暴言を吐いてまた叩かれていたが,これには少し同情している。悪いこととはいえ,改められたことを執拗に突く方もあまり品が良いとは言えない。その上で,茂木さんの経歴における最大かつ本質的な汚点は脱税などではなく,この件であることはもっと理解されていいと思う。彼の核にある言論活動が見せかけでしかないということは,「それはそれ」で済むことではないからだ。

冒頭で触れた女性の「心根は腐ってる」という言葉によって,この顛末がありありと思い出されたわけである。

……と厳しめに書いてはみたものの,改めて色々眺めてみると想像以上に叩かれ方がひどいようなので,そのうち擁護に回るかもしれない。

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