日本企業の秀逸な社名

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲8年(2014年)
08月13日 01:02
下描き希哲8年(2014年)
07月24日 23:24
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

名前とは,最も小さな文学作品であり,名前を考えるという営みはいわば「最小文学」だ。それは人名であれ,社名であれ,製品名であれ変わらない。名前は,呼ぶ者,呼ばれる者の意識に強く働きかけ,それが何であるかを象徴する。名は体を表すというが,「名は体を育てる」というべきなのかもしれない。

悪い名前というものもある。悪意や無思慮で付けられた名前だ。人間なら,本人が嫌がるようなあだ名や,安易に付けられる子供の名前などがそれにあたる。社名においても,世間をおちょくるような意図で付けられたものもあれば,買収した企業のより広く知られている名前をもらうなど,真摯さや信念に欠ける名前の付け方をする企業は少なくない。「名を捨てて実を取る」という言葉を誤解してか,名前というのは軽視されがちなものらしい。しかし実際には,優れた物には優れた名前が付いていることが多い。名前は,概念(コンセプト)),つまり指し示されるものの内容と分かち難く結びついている。下らない物事に素晴しい名前は付けられないのだ。もっとも,作り手が不器用なせいで,素晴らしい物事にあまり上手くない名前が付いていることはよくある。ここに,企業同一性コーポレート アイデンティティ造銘(ブランディング)の専門家の存在意義がある。

ここでは,具体例を挙げながら,日本企業の優れた社名について考えてみたい。主に取り上げるのは,製造業一般でソニー,マツダ,富士通,キヤノン,ブリヂストン,医薬品化粧品系で資生堂,再春館製薬,アステラス製薬,食品系で麒麟麦酒伊藤園桃屋出版社で平凡社,情報通信系で DTI,IIJ,楽天さくらインターネットだ。

ただし,名前から受ける印象が良いということと,名前の付け方が良いということとは異なる。ここで扱うのは後者だ。例えば,住友三井三菱のような財閥系企業は,その多くが伝統と実績のある企業として信頼を得ているが,名前の付け方に関して特筆すべきことがあるわけではない。トヨタ自動車のように,世界的に確固たる地位を築いていても,名前は単に創業者の姓から取っているという場合も同様だ。単純な命名であっても外来語の響きは特別に感じられるものなので,日本国外の企業もここでは扱わない。

製造業一般:ソニー,ブリヂストン,富士通……

ありきたりだが,企業同一性や造銘活動について語る際,避けて通れないのがソニー(SONY)だ。トヨタとともに日本を代表する銘柄だが,名前の付け方も含めて,印象の植付け方を初めて本格的に,かつ戦略的に考えた日本企業といえるだろう。名前の由来は,ラテン語の〈sonus〉(音)と〈sonny〉(小さい,坊や)で,簡単で読み方がどの国でもほぼ変わらないということが重視され,1958年に社名となった。ちなみに,1946年の創業時の社名は「東京通信工業」だった。

ソニーは,簡単かつ無国籍的な名前の代表例だが,このような名前の付け方には欠点もある。第一に,時代の波に乗れなければならない。1950年代には,まだ日本企業の名前は「○○産業」や「○○工業」といった類の堅いものが多かった。また,日本製品というものへの信頼がまだ国際的に確立していなかった。こういった時代背景の中で「ソニー」は,日本人にも外国人にも好印象を与えることが出来る名前だった。それから半世紀以上経ったいま,巷には耳障りが良く簡単な名前というのはありふれていて,単に軽い名前になってしまう。また,世界には,この半世紀で日本企業が培ってきた信頼性にあやかるため,日本と関係がなくても日本的な響きのある名前にする企業すらある。日本的でない名前であることで,「日本製」のイメージを利用しにくい,日本人からみれば親しみにくい,といった問題も抱えることになる。「ソニー」は,1950年代の先駆者だからこそ輝いている名前なのだ。二番煎じはあまりお勧めしない。

国際的な響きのある社名といえば,キヤノンとブリジストンも面白い例だろう。どちらも歴史ある日本企業だが,一見してそうは思えない。しかし,ちゃんと日本人の感性が埋め込まれている。

「キヤノン」(Canon)は「観音」(かんのん)と,「正典」「規範」「標準」という意味の英語〈canon〉をかけて造られた社名だ。1933年の創業時には「精機光学研究所」だったが,1947年に「キヤノンカメラ」,1969年に「キヤノン」となった。

「ブリヂストン」(Bridgestone)は,創業者・石橋正二郎氏の姓を英語に置換えた「ストーンブリッヂ」(Stonebridge)を語呂が良くないとして逆さにしたものだ。1931年に「ブリッヂストンタイヤ」として設立,太平洋戦争中に英語の使用が制限されたため「日本タイヤ」となり,戦後「ブリヂストンタイヤ」に復旧,1984年に「ブリヂストン」となっている。経営者に語呂を気遣う感性があったおかげで日本人にも発音しやすく,かっこよく感じる響きになっている。「ブリッヂストン」の考案とともに,橋の要石(かなめいし,キーストーン)の意も込め商標に反映させるなど,時代を考えれば下らないと考えられそうなことだが,やっていることは現代的な意味で至極まっとうな造銘戦略だ。創業者の石橋氏は,ブリヂストンの前身となる「志まや」を1906年に継いでから革新的な販売戦略を成功させてきた経験があるので,それが活かされているのだろう。

キヤノンとブリヂストンのように,ただのカタカナ英語のように見えて日本文化の混ざった社名もあれば,ただの日本語のように見えて外国文化の混ざった社名もある。例えば,マツダと富士通だ。

マツダは,企業としての規模ではトヨタに遠く及ばないものの,遊び心のある車造りで根強い支持層を持つ自動車メーカーだ。単純に,日本人の姓に由来しているように見えるのはトヨタと同じだが,面白いのは英字で〈MAZDA〉と綴っている点だ。これは,実質的な創業者・松田重次郎の姓と,ゾロアスター教の神アフラ・マズダー(Ahura Mazda)とをかけたものだ。ゾロアスター教というのは善神であるアフラ・マズダーと悪神であるアンラ・マンユが対立しながら世界を創造したと語る世界で最も古い部類の宗教だが,マズダーは叡智の象徴でもある。マツダのウェブサイトによれば,「東西文明の源泉的シンボルかつ自動車文明の始原的シンボルとして捉え、また世界平和を希求し自動車産業の光明となることを願ってつけられた」という。

現在のゾロアスター教が極めて少数派の宗教で政治的な問題がほぼなく,人類史に普遍的な影響を残したのも事実とはいえ,日本の自動車メーカーがシンボルにしているのはちょっと奇妙に思える。マツダは1920年に「東洋コルク工業」として創業し,1927年に「東洋工業」,1984年に「マツダ」ヘ社名を変更している。ただ,「マツダ」(Mazda)という商標自体はすでに1931年,3輪トラックの「マツダ号」として採用されている。実はこの時代,19世紀後半から20世紀前半にかけて,ゾロアスター教というのは特にヨーロッパを中心に注目されていた。最も有名なのはニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』(1885年)だろう。この「ツァラトゥストラ」というのがゾロアスターのドイツ語読みで,当時混迷していたキリスト教批判に用いられた。ニーチェというのは,日本でもしばしば話題になる哲学者だから,何らかの影響があってもおかしくはない。

富士通の方もなかなか面白い。一見して完全に日本風の名前だが,この「富士」は,1923年に「富士電機製造」を合弁で設立した古河電気工業(ふるかわ─)の「ふ」と,ドイツシーメンス(ジーメンス)社の「シ」(ジ)から取られている。1935年,富士電機製造から通信部門が独立して「富士通信機製造」社が生まれ,1967年に「富士通」となった。二つの企業が合弁や合併などで一つになるとき,例えば「古河シーメンス」のように単純に社名を並べるのが悪例だとすると,「富士通」はお手本といって良いだろう。富士といえば,富士フイルムとゼロックスの合弁会社は「富士ゼロックス」というが,これは手法としては悪例のうちに入るが元々響きの良い言葉の組み合わせなので社名としてはかっこいい。

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