「人財」にご用心

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲8年(2014年)
05月08日 00:19
下描き希哲8年(2014年)
05月08日 00:15
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

近年,材料の「材」ではなく財産の「財」の字を使って「人財」と書くことで,労働者を大切にあつかう姿勢を示そうとする企業がよくみられる。この「人財」という表記,企業がよく考えずに使ってしまうと,かえって労働環境に対する意識を疑われてしまうかもしれない。

現代日本語の語感として,材料の「材」よりも財産の「財」の方が貴重な印象を与えるのは確かだ。材料の「材」という漢字には,「ものを作るうえで役立つもの」という意味があり,財産の「財」という漢字には,「価値ある所有物」という意味がある。どちらのザイにも「才」という(音符)が含まれていて似た意味を持っている。

とくに材料の「材」は,才能の「才」とほぼ同じ使い方をすることがあり,「人材」と同じ意味の「人才」(じんさい)という言葉もある。また,「逸材」などというように,古くから有用な才能を指しても使われているため,「人材」と書くことが特に非人道的ということはない。基本的に「組織活動に役立つ人の能力」程度の意味だ。ところが,キャリア意識の高まり,あるいは劣悪な労働環境が問題視されるにつれて,人間を物の材料あつかいしたような言葉の響きが嫌われるようになってきた。

そこで,財産としての「人財」という表現が出てくるのだが,残念ながらこれには,材料としての「人材」以上の問題がある。「財」というのは「所有」とより強く結びついた表現だからだ。現代でも,劣悪な環境で働く労働者を「奴隷」と揶揄することがあるが,歴史上実在した奴隷制において,奴隷たちが主人の財産(所有物)とされていたことを思い出してもらいたい。財産として扱われるということは,必ずしも正当に扱われるということを意味しない。ましてや,人間が誰かの財産として正当に扱われていることなどありえない。

他方で,かけがえのない材料というものがある。芸術作品や工業製品,建築物,あるいは料理のようなものでも,一流に近づけば近づくほど,材料を粗雑に扱うことなどありえない。全ての構成要素は選び抜かれ,最大限に能力を引出され,信頼され,感謝されている。「人材」とは,企業活動における,かけがえのない材料として提供された人間の能力のことだ,ということも出来るだろう。労働者はあくまでも企業と契約して労働力を提供するだけであって,企業の所有物ではない。

いずれにせよ,いわゆるブラック企業のように,劣悪な労働環境を放置している企業ほど,現場を改善するのではなく精神を改造しようとする傾向がある。実態よりも言葉を変えて済ませたいわけだ。労働者の多くは,ジンザイを「人材」と書くか「人財」と書くかなどということに興味はない。分相応に活躍できる職場で,正当な報酬と正当な休暇が欲しいだけだ。それさえ問題なければ,「人材」くらい乾いた表現のほうが気楽で好ましいぐらいだろう。

ビジネス書などでは,「人材」よりも企業にとって有益な労働者を「人財」とすることもあるようだが,こちらのほうがまだ素直でいい。「企業にとって都合が良い」ということと「労働者にとって好ましい」ということを混同していると,「人材」を「人財」に置換えるだけで何か善いことをしているように錯覚してしまう。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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