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{ K#F85E/912B}

」(りゅう,rheos)は流論(#F85E/A-C9B2)における宇田川の用語。

「流れ」や「流動」をより抽象化した概念。「rheos」は「流れ」を意味する古典ギリシャ語「ῥέος」(レオス)のラテン文字音写である。

「全ては流れる」という伝統的な流転思想ではなく,全ては不動であると考える。不動かつ無限の各状態(異子(#F85E/A-F7E2))が,任意の形式において連続する時,知的生命体の世界では変化,つまり時間が知覚される。この連続性が「流」である。

大地があって河川があるように,流を利用する者は不動でなければならない。知性は流の一部であり,あるもの全てに一致しようとする。流には速度があり,その最速を流軸(#F85E/A-B981)という。

この定義により,流は不断性と全体性,透過性をもつ。流そのものは特定の内容をもたず,あらゆる内容を繋ぐ。流軸を捉えて自己同一(凡)に向かうのが「綜」(synic)である。

喩えるなら溢流と滝登り。

極めて抽象的な話に思えるが,この理論の有用性は,世界のあり方に関する諸思想を綜合的に説明できる点にある。

善の幾何学,同一因などとの理論的整合を計っている。