デザインとは何か……翻訳的考察

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲8年(2014年)
12月29日 21:29
下描き希哲8年(2014年)
12月29日 21:03
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

日本人にとってカタカナ語は感覚的に言葉を使いたいときの常套手段だが,それにしても「デザイン(design)ほど長年理解されないまま,もっともらしく多用されている言葉も珍しい。私もデザインに関わる人間だが,こんな状況を放置しているのは恥ずかしいことで,職務怠慢と言われたら否定できない。

デザインは「設計」や「意匠」と訳されることもあるが,どれも一面的な表現で,デザインという概念の全体性を捉えていない。そこで私が造ったのが「徹案(てつあん)という訳語だ。デザインとは,「案に(を)徹すること」だというわけだ。

デザインという言葉がどのように使われているか,なぜ「設計」や「意匠」ではいけないのか,を考えてみる。設計という言葉は,計画を立てることを意味するが,その結果について関知するという意味合いを含んでいない。いってみれば,坂の上から石を転がすまでの仕事だ。意匠という言葉は表面的・装飾的な響きになってしまうので,限られた場面でしか使えないし,「デザイン」のごく一部の要素しか表現していない。

デザインという言葉で我々が連想するのは,もっと深く,もっと工程の成り行きに付き添うような仕事だ。立案して,制作を直接行うか監督し,仕上がりを確認する。もちろん,分野によっては間に専門家や作業員,下請けが入る。「製品をデザインした」と言えるのは,一つの案に基いて,一貫した思想を製品に与えたときだ。「この製品にはデザインがない」といった時の「デザイン」にもこういう含みがある。

設計だけするのでもなく,設計されたものにただ従うのでもない。意匠を含むが,意匠だけでは十分ではない。上流工程のうち,案の始まりと終わりに一貫した責任を持つ仕事がデザインであり,つまり「徹案」なのだと思う。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
制作・運営:希哲社
© Kitetu 1-10 (2007-2016) KiTetuSha