現代の予言者信仰を考える

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲11年(2017年)
04月07日 21:05
下描き希哲11年(2017年)
04月07日 20:55
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

私がよく研究している「現代の迷信」の一つに,「予言者信仰」とでもいうべきものがある。これはある角度から見れば,太古の昔から現代まで続いている迷信と考えることも出来るが,予言というものを全て迷信として片付けてしまうことは意図せず宗教否定などに繋がりかねないため,あくまでも現代人が無意識のうちに,自身の価値観と矛盾する形で抱いてしまう信念,と定義しておきたい。

このごろ,世界産業構造の変化に伴う社会分断を背景として,国民投票選挙の結果が読めないことが多い。主流の鳴体メディア)が予想を外して信用を失うなかで,巷では予想を当てた者がそれを看板にして仕事をしていたりする。これも「予言者」の一つの形だ。ただ,そのほとんどは詐欺師のやり口に近い。

では,予想というものがどれだけ人に錯覚をもたらすものか,「予測」と「予想」の違いについて,誰にでも分かるように説明しよう。一つの選挙があり,AとBという二人の候補が争い,その結果はAが51%,Bが49%の得票率だったとする。この場合,Aが90%の得票率で勝つ,と大外れな予測をしたものはAの勝利を予想することが出来るが,Aが49%で負ける,とより精度の高い予測をしたものは予想を外すことになる。つまり,予測の精度と予想の結果は必ずしも一致せず,間違った予測でも予想を当てることは出来る,ということだ。ここまで考えれば,選挙の当落のような選択肢の少ない問題において,予想の結果はその精度の信頼性とはほとんど関係がないことが誰にでも分かる。ところが,ほとんどの人はここまで考えない。「予想を当てた人」をありがたがり,半ば神格化してしまうことすらある。

こうした現象は,おそらく,人間が人間の予測能力を過大評価してしまうことから来ている。例えば,世界にはある「黒幕」がいて,世界情勢を裏から操っているというような,いわゆる陰謀論の類を見ると分かりやすいが,この手の話を信じてしまう人は,社会が人間の頭脳で計算することなど到底出来ない複雑系である,ということを知らないか,忘れてしまっている。

政治の世界で何かが起きると,誰某の計算通りだ,陰謀だ,などと語り出す者が多く現れるが,政治家が何もかも計算尽くで計画的に行動していると考えてしまうのも同じ誤ちで,機械のように計算と計画に則った行動をしている政治家がいるとしたら,それは間違いなく無能の証だ。「策士策に溺れる」というやつで,遅かれ早かれ必ず失敗する。人間の頭脳に出来る行動の最適化というのは,せいぜい,目的に対する複数のあらすじを考えておいて,あらゆる例外に備えることぐらいしかない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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