希哲13年4月17日

描主宇田川浩行K#F85E
上描き希哲13年(2019年)
04月18日 02:08
下描き希哲13年(2019年)
04月10日 20:32
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

ふと昔のことを思い出し,芋蔓式に色々なことを回想しているうちに一日が終わってしまった。

デルンの実用化がいかに大きな体験だったか,デライトによっていかに希哲館事業構想が完成したか,肉体面も含めて今がいかに理想的な状態にあるか,など改めて考えを整理した。

時々,これまでの人生のどこかに後悔すべきところが無かったか,確認したくなることがある。結局,いつも最善のことをやってきたと再確認して,これからも後悔が無いようにと気を引き締める。こういう時間も必要なのだと思いたい。

表示機

ディスプレイモニターを「表示機」と訳すことにした。

これまでずっと訳されてこなかったのも,自分がこれまで放置してきたのも不思議なくらい基本的な用語で,カタカナ依存症というのは思考停止のことなのだとしみじみ思った。

一覧

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「複数の表示機に表示すること」という意味合いなら「多機表示」,「二機表示」,「三機表示」でも良さそう。

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冗談抜きで日本の情技(IT)業界のみなさん,カタカナ語まみれの馬鹿みたいな「使い捨て日本語」で疲弊するの,そろそろやめませんか?

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本当にこういう,「考えもしないでカタカナ語を放置する」の,思考停止以外のなにものでもないし,日本の情技(IT)業界の病気と言わざるをえない。ディスプレイモニターを「表示機」と訳してはいけない理由なんて誰も分からないし,考えたこともないんだろう。

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また中国語と被るかな,と思ったら,中国語では〈顯示器〉らしい。当たらずと雖も遠からずだな。

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ディスプレイ勘報機(コンピューター)の構成要素ではなく周辺機器なので「表示器」よりは「表示機」がいいか。

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昔から思うのだが,ディスプレイとかモニターって別に「表示器」でいいはずなのに何故誰も言わないんだろう。

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というか,初代 iMac が奇跡だったのか。

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資金的な余裕が出来たら,過去の Apple 製品全部買って研究してみたいな。

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最近の Mac って,初期の iMacClassic Mac OS の頃にあった絶妙な愛嬌が無くなったと思っているのは私だけなのか。

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特に私は OSS を補完する環境としてウェブを重視していたので,ウェブ開発環境の改善は本当にありがたかった。ガラケーだの IE だのの対応から解放されて,Let's Encrypt みたいなものも出てきて。昔に比べたらどれだけ楽か。

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希哲館事業が発足した希哲元年2007年)ですら,まだ自由かつ十分な想品(ソフトウェア)開発環境があったわけではない。OSS にもまだまだ未熟なものが多かったし,各種標準化も不十分だった。それでもデルン開発に着手して,格闘しているうちに色々環境が整備されて,気付けばデルンを完璧に活かせる環境が出来ていた。それもここ数年で。

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あの時 Linux を知り,その可能性に気付いたことは,間違いなく知機(knower)という構想,ひいては希哲館事業の成立に欠かせない経験だったと思う。Linux がなければ,独立した環境で想品(ソフトウェア)資産を蓄積する,ということ自体が不可能に近かった。

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あれから約20年。しばらく Slackware を常用してから Linux From Scratch を改良し,さらには Linux 互換核脳(カーネル)の Lunax 開発,そして虎哲(知機参考実装)専用の Dialektix の実装へという道筋が出来た。

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当時の Vine Linux,いま考えるとおもちゃみたいな出来だったけど,それでも新鮮で面白かったな。

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あの頃ほど Linux 雑誌も見かけなくなったけど,実際いま読むかというと読まないし,目次を見ても特に目新しい話題もないし,ネタに困るんだろうな。

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2000年頃,Linux 雑誌がよく書店に並んでいた時期があった。その頃 Vine Linux を試しに入れてみたのが始まりだったような。

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『日経 Linux』の全バックナンバー DVD,ちょっと興味ある。特に読みたい内容があるわけではないが,私も雑誌の付録 CD から Linux に入っているので何か懐しい。

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希哲6年2012年)のデルン実用化は,ザナドゥ計画WinFS を越える勘報(コンピューティング)史上最大の難題を,本格的な論組(プログラミング)を始めて6年程度の私が解決したという謎の現象であった。

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希哲館事業構想がいかに巨大で完璧だろうと,それだけなら私でも絵に描いた餅としか思わない。やはり,7年前デルン実用化という成功体験は大きかった。

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これが希哲館事業の推定時価総額3京円のいわれである。

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論理実装主義知機希哲民主主義ときて希哲館事業の全体像が見えてくるわけだが,構想が巨大過ぎてそもそも普及させるのに百年はかかるんじゃ……というところで知機デルン)に気軽に触れてもらえるデライトの登場。これで希哲館事業構想は完全無欠無敵最強の事業構想として完成した。

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日本人,外国の流行の追っかけばっかりしてると思ったら,たまに新しいことをやり始めるのはこんな奴だし,バランスが悪すぎる……。

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そしてそれがさらに希哲民主主義(philosophic democracy)に繋っていく。この時点で誰も追いつけないというか,誰も付いてこれない世界に。これはこれで問題ではある。

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それがさらに知機(knower)という概念に繋がっていく。そりゃ GAFAM が束になっても追いつけないだろう。そもそも別世界なのだから。

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私がプログラミングを「論組」,ソフトウェアを「想品」と訳しているのは,やはり論理実装主義の考え方が根底にあるのが大きいと思う。

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ちなみにこの方法論を「論理実装主義」(logical implementationism)と呼んでいる。

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先日「私の本分は哲学にある」と述べたが,想品(ソフトウェア)開発希哲学(フィロソフィ)の手段として言論が商業主義に冒されることを防ぎ,なおかつ莫大な富と影響力を得られることに気付いたのが結局私の一番の発明なのではないかと思う。現代最強の産業である想品産業で革新を生み出すには哲学が必要になることまで踏まえれば,仮に希哲館事業が失敗したとしても,方法論としては不朽の価値がある。

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(目指しているところにもよるが)ゲンロン的なものがあんまり上手くいかないのは自明なことで,だからこそ希哲館は技術を軸にするという方針でやってきた。私が一切他人の目を気にせず発言出来るのは,技術によって立っているからだ。人気を取る必要もないし,権威を恐れる必要もない。そうでなければ純粋な知の追求など出来ない。

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そういえば東浩紀さん,リアルタイム検索でたまたま見かけたので何となくプロフィールを見てみたら,ゲンロンの代表辞めてたんだな。在野で希哲学(フィロソフィ)を担おうとする機関,という意味で大きな方向性は希哲館と一緒なのだが,こちらは技術,むこうは言論を売り物にする,という点で明確な違いがあった。

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想品(ソフトウェア)産業の歴史を学んでいると,戦略的に盤本(プラットフォーム)を握り,何十年とかけて想品を育ててきたのが今の GAFAM なのだということが分かる。と同時に,日本人は一体何をやってきたんだという強い脱力感を覚える。

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希哲社の場合,それは言うまでもなく「知機」(knower)の体系にある。これは GAFAM が束になっても決して追いつけない希哲社の独走領域だ。

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この GAFAM 時代の情技(IT)業界を塗り替えるには,「誰も真似出来ないような発想の転換」で勝負するしかない。最上位企業と新興企業に未曾有の経済格差がある今,「力勝負」をするのは自殺行為に等しい。資金力では決して埋まらない差別化戦略で勝つしかない。

=}{希哲13年4月17日のツイスト}

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