目についた外来語を片っ端から訳してきた私の翻訳語にも相当な蓄積が出来た。当然,多用される語から注目することになるため,完成度を問わなければ,まだ訳していない外来語を見つける方が難しくなってきている。そんな中で,重要かつ多用されるにも関わらずいまいち上手い訳語が見つからない外来語もわずかに残っている。その最たる例が「システム」〔system〕だった。つい先日,私はこれが「司組」(しそ,しくみ)と訳せることを発見した。
司組は「組織を司(つかさど)るもの」の意で,この場合の「司」は,司法・司教・司令・司会・司書などと同じ意味だ。
システムとは何か
システムは「組み立てられたもの」という意味のギリシャ語に由来するが,現代,特に勘機(コンピューター)においては,単に組み立てられたものというより,何らかの役割をもって要素をまとめ上げているもの,という意味合いで使うことが多い。完成したプラモデルが組み立てられたものではあってもシステムではないように,組み立てられたものというだけではシステムとは言えない。
一面的には組織・制度・体系・系統・機構などと訳すことも出来るが,システムという概念が日本語で表現しきれず,カタカナ語として使われ続けている理由はここにある。システムとはもっと具体的・主体的,かつ動的で,要するに一つの生き物のような概念だ。単に組織されたものではなく,組織を司るものという能動的な表現が意外にはまるように思えたのはこのせいだろう。
一般に「システムを使用する」という表現があるが,厳密に言えばこの場合のシステムを組織・制度・体系・系統などで置き換えるのは不自然だ。恩恵にあずかるという意味合いが強い「利用」に対し,「使用」は自分が支配している物について使う語であり,つまりこの場合のシステムは具体的な道具,仮に生き物だとすれば使役動物,人だとすれば配下のようなものとして扱われている。「機構」でもやや静的・局所的な意味合いが強く違和感が残る。新語ゆえの慣れの問題はあるが,「司組を使用する」なら少なくとも意味は通っている。
西洋と東洋の調合
「司」(し/つかさ)は日本では古代から下級行政機関の名称としても使われ,何らかの役割を司るものの表現としては古典的な部類に入る。「○○司」と後ろに付けて,その役割をもった機関・人を表す語も数多い(国司・宮司・行司……)。一般的には「上司」がお馴染みだろう。これは複合語を略して頭字語にした時の利点になる。例えば,ファイルの訳語「譜類」(ふるい)と組み合わせ,ファイル システムを「譜類司組」と訳せるが,これを略して「譜司」としても譜を司るものを意味する語形を保っている。
語音「シソ」も理想的だ。システムは一般に sys(シス)と略されることが多いため,この音を含んでいることでシステムの訳語であることが直感的に分かりやすい。似た場面で使われる同音異義語が無いということも,誤解や誤変換を防ぐ上での利点になる。ちなみに,中国語読みでも「スツ」となり音写として一応成立している。
恐らく,初めて「司組」という語を目にすると何割かの日本人は「しくみ」と読んでしまうだろうが,システムは仕組みといえば仕組みなので,これも正式な読み方の一つとして採用することを考えている。
さ行の作業
さて,こと最近本格的なオペレーティング システム開発者となった私にとって,この「システム」なる語を自分の母語,つまり日本語の中で消化することは避け難い課題になっていた。仮の訳語案はいくつかあったものの,どれについても確信が持てずにいた。
司組以前の案として有力だったのは「織体」(しきたい)だ。「組体」(そたい)が組体操の略「組体」(くみたい)と紛らわしいという理由で,組織の織を採った案だ。しかし,いまひとつ物足りなかった。
このあたりまで,システムのテムには「体」か「統」を当てるしかないと感じていたため,「シス」に置き換えられるさ行で始まる漢字を探す作業だった。しかし,「悉体」(しったい)を最後に,この方向での案はこれという物もなく出尽した感があった。
そこで少し方針を変え,シスの部分を漢字2文字で表現してみることにした。そして「司総」(しそう)に辿り着いた。この場合,「司総体」の体は冗長になるため原則として略すことにした。これを思いついた瞬間は理想的な訳語だと感じたが,よく考えてみると一つ欠点があった。システムと同じくらい色々な語にくっつく「思想」と紛らわしいのだ。例えば社会システム,経済システムを「社会司総」,「経済司総」と訳した場合,音声で聞くとまず誤解される。
そこで総を組に換え「司組」(司組体)が誕生したわけである。強いて「司組」の欠点を挙げれば,こう書いて「つかさぐみ」と読む企業名が検索で散見されることぐらいだが,これは愛嬌の内だろう。
とりあえずシステムに関しては満足のいく訳語が出来たところで,近い分野で使われる重要な外来語「プラットフォーム」や「アーキテクチャー」の訳語も完成を急ぎたい。