ベッキーはキックを受けるベッキーだったのか?

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲12年(2018年)
01月04日 22:01
下描き希哲12年(2018年)
01月04日 21:52
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

この話題にそれほど関心があるわけではないのだが,たまたまちょっと違和感を覚えるツイートを見つけたので指摘してみる。

まず,『ガキの使い』は,昔から「演者がひどい目にあうことで笑いを取る」傾向の強い番組で,長年のレギュラー出演者たちはそれを業界の中でも恵まれた仕事として,喜んで引き受けてきた。その番組の企画である「笑ってはいけない」に出演するにあたっても,自分たちがキックを受けるということは企画の大前提として当然共有されている。一方のベッキーさんは,少なくとも番組内容上は自分がキックを受けることを知らされていない。視聴者に提示されているのは,あくまでも「唐突かつ不本意にキックを受けるベッキー」であり,それが番組の意図だ。これは明らかに非対称な関係で,「お互い様」で片付けるのは流石に乱暴だろう。

ここで注意すべきなのは,「裏で本人に同意が取れていたか」や「演技かどうか」は問題の本質ではない,ということ。それはどう論じても本人と近しい関係者以外には推測の域を出ない問題であり,仮に全てが演出と演技だったとしても,「罰を与えてしかるべき(番組中で禊と表現されている)」「罰を与えても反抗出来ないだろう」との認識を共有した衆人環視下で,強制的に苦痛を与えられ悶えている人がいる,という「本当のような映像」を面白いものとしていること自体の倫理的問題は,そう簡単に片付けられない。これがパワハラ私刑と隣り合わせの問題である,ということに関してはあまり擁護のしようがない。

このツイート主自身が自分で言っているように,「引く」かどうかはタレント イメージの問題,つまりごく感覚的な問題に過ぎない。でも,それって「お前そういうキャラじゃん」で行なわれるイジメとどう違うのか,とも言える。

私はそもそもこのネタ自体が単純に笑いとして退屈だと思うし,その微妙な気持ち悪さに気付かない人は控え目にいっても「無神経」か「悪趣味」だなと感じる。「笑いの倫理問題」って結局のところ,「倫理問題になってしまうほど笑いが面白くない問題」であることが多い。ついでに言うと,演者のタレント性なんて制作側がどう利用するかの問題であって,視聴者が把握しているベキ問題ではないし,他に同様の問題があることは当の問題を無視していい根拠にはならない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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