極楽とんぼ・山本圭壱と『めちゃイケ』の衰退

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲10年(2016年)
08月07日 21:46
下描き希哲10年(2016年)
08月07日 17:53
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

ここ一週間ほど,お笑いコンビ極楽とんぼ山本圭壱さんが10年ぶりに「めちゃイケ」こと『めちゃ×2イケてるッ!』に出演したことが話題になっている。同番組は,先月30日今月6日と二回にわたって氏のテレビ復帰を扱う内容となった。30日の視聴率は同番組の中で今年最高水準だったようで,それなりに注目を集めていたことが窺える。近年のめちゃイケは視聴率低迷に苦しんでおり,上がったとはいえ約12%の平均視聴率だった。

山本さんは,2006年希哲零年)に未成年者から飲酒の上での性的暴行があったとして被害届を出され,間もなく所属していた吉本興業から契約を解除された。当然,出演していた全ての番組を降番し,芸能界から事実上追放されることとなった。その後,少女側と示談が成立し,訴えが取り下げられたことで山本さんは不起訴となっている。これ以降,相方の加藤浩次さんは一人で順調に仕事をこなしながらも「極楽とんぼ」の看板を下ろさず,山本さんの復帰を希望し続けてきた。その中で実現したのが先日のテレビ出演だ。

山本さんの「謹慎」生活が,芸能界での諸先例と比べて厳しく非常に長いことはよく語られてきた。不起訴ということは,少なくとも犯罪者ではない。もともと素行が悪く吉本も手を焼いていた,というのは関係者の話からなんとなく想像が付くが,それだけではないことが先日の番組でようやく分かった。要するに,氏が自分のタレント価値を過信して,復帰に向けて真摯かつ積極的な行動を取ってこなかったということだ。

めちゃイケの衰退

山本さんが周囲から必要とされていることに慢心していたのも無理はない。私も久々にめちゃイケの放送を見たクチだが,あの放送で分かったことは,最近よく言われる「めちゃイケの衰退」という現象が,明らかに山本さんの不在に起因しているということだ。これに近いことは6日の放送で岡村さんも告白していたが,あんな形であっても極楽とんぼの二人が出ている同番組の雰囲気は,10年前とほとんど変わっていない。

お笑い系のバラエティ番組の面白さの中心はやはり面白い演者たちの調和にある。それに優秀なスタッフ,潤沢な予算がついていたのが往時のめちゃイケだったのだと改めて思う。いまはテレビの衰退とともに予算も削られているだろうし,何より演者の調和が崩れている。安心感のあるナインティナインと,危険な感じのする極楽とんぼという組み合わせの妙こそが同番組の核心だったことはもはや疑いを容れない。演者一人一人がつまらなくなったわけでも,スタッフの質が低下したわけでもない。

個人的な好みに合わないところは多々あるが,あの時間帯に放送出来る内容にまとめたスタッフの手腕には感心せざるを得なかった。厳しいスポンサーを説得するために相当企画を練ったのだろう。ネット上の反応などを見る限り,視聴者感情も的確に捉えている。「甘すぎる」と多くの人に感じさせないように,過剰に見えるほど当人に厳しい内容にしているのが分かる。それでも山本さんにとってテレビ出演は復帰に向けての大きな一歩であるはずだ,という信念を感じた。

茶番劇と無関心

件の放送に関しては,ネット上でも賛否両論が巻き起こっていた。否定的な意見としては,「視聴率稼ぎのための茶番」というようなものが目立った。極端なものになると,号泣している演者たちもみんな演技だろう,というような感想もあった。

テレビ局にとって視聴率は当然大事なもので,今回の企画にしても視聴率稼ぎを狙ったことは間違いない。そこで,視聴率を稼ぐことと作り手の思い入れが両立しないと考えてしまうのは,思春期の子供のような想像力なのだが,意外に大の大人がこんなことを言ってたりする。

社会人のほぼ全てが,収入を得ることと自分のやりがいとの間で折り合いを付けながら仕事をしているのと同じで,テレビ番組の作り手も視聴率と作りたいものの間で葛藤しながら制作しているのだろうと考えられるのが大人の想像力だと思うのだが,よくよくこの手の感想を述べている人の発言を観察してみると,要は「無関心」であることに気付く。想像力が無いのではなくて,想像力を働かせる気が無いのだ。

こればかりは,極楽とんぼ自体が暴力性や気持ち悪さなど「嫌悪感」を売ってきた芸人であることを考えると,受け手のせいにもし辛い。昔の極楽とんぼの面白さも良く分からなかった,という人達にしてみれば,今回の企画も唐突すぎて茶番劇にしか見えなかっただろう。ましてや,コンビ時代を知らなかった若い世代にしてみれば,胡散臭いことこの上ない内容だったはずだ。

芸人には,大衆から直接的に支持される人達と,そういう人気芸人や業界人から支持されることで間接的に大衆に支持される人達がいる。前者はナインティナインで,後者は極楽とんぼだ。極楽とんぼのように,嫌悪感を演出することで場を盛り上げるような「間接芸人」は,本当に嫌悪感を覚えるような事件を起こしてしまった時に世間から見放されやすい。山本さんは間接芸人中の間接芸人だったので,風当たりの強さは並の芸人の比ではない。

特に女性に嫌悪感を与えるような芸風で女性関係の事件を起こしたのは致命的に痛い。いまだに山本さんを「性犯罪者」扱いしている人がチラホラ見受けられるが,そういう人達は誤解を解こうとするほどの僅かな好意も持ち合わせていないので,結局ずっと誤解され続けることになる。これが本格復帰を難しくしているもう一つの要因だろう。

私のようなちょっとしたファンでも,多少極楽とんぼの歩みを知っていれば芸人仲間の涙も不自然には見えない。特に,ココリコ遠藤さんは泣き顔が嘘臭いとか散々な言われようだが,昔ラジオ番組で本当に仲良さそうに共演していたのを知っているので,少なくとも無感情ではいられないだろうと思いながら見ていた。

「吠え魂」の記憶

私自身は,極楽とんぼには非常に強い思い入れがある。というのも,TBS ラジオ『極楽とんぼの吠え魂』というラジオ番組が極めて面白かったからだ。事件直前もこの番組を聴いていたので,その当時のことはよく覚えている。二人とも,とても生き生きして楽しそうに番組をやっていたのが一転,あんなことになったので,加藤さんが動揺して号泣した気持ちも分からなくはなかった。この「吠え魂」は,当時一番面白かったラジオ番組だと私は思っているので,ラジオ パーソナリティとしての極楽とんぼを極めて高く評価している。

去年山本さんが宮崎サンシャインエフエムで始めた『極楽とんぼ 山本圭壱のいよいよですよ。』も,放送開始から3回目ぐらいまでは聴いた。流石に,吠え魂時代を知っていると懐かしさ以上に哀しくなってくるものがあったのですぐに聴かなくなってしまったが,先日のめちゃイケでふと思い出し,久々に聴いたら意外と調子を取り戻していた。個人的には,めちゃイケ以上に,吠え魂復活を熱望しているぐらいだ。

ラジオといえば,この頃ちょっと山本さんと好対照だと思うのが伊集院光さんだ。もしかしたら,山本さんは「タガの外れた伊集院光」なのではないかと思うことがある。どちらも芸達者で肥満体型の面白い存在感があり,野球好き,面倒見が良く,女性からは疎まれがちな芸人であるという共通点がある一方で,馬鹿っぽく無神経で根明そうな山本さん,地頭が良く神経質で根暗そうな伊集院さんという正反対の印象もある。コンビとピンという違いも,元を辿ればこの性分の違いかもしれない。

そう感じるのは,吠え魂と『伊集院光 深夜の馬鹿力』,それぞれの絶頂期の面白さが似ているからというのもある。どちらも,面白い人がはちゃめちゃなことをやっている番組だった。吠え魂に山本さんがいた2006年頃というのは,「馬鹿力」がとてもつまらなくなっていた時期に重なる。馬鹿力は,200X年代前半の絶頂期を終えてからしばらく,企画もトークも安易なものが多くなり,聴いていて不快になるほど面白くない時期があった。ラジオは,テレビと違って拘束されるものが少ないので,「面白くない」だけなら聴けるものなのだが,イライラして聴いていられないほど一時期の馬鹿力はひどかった。

それは,いま考えると伊集院さんがブレーキを踏んだ時期なのではないかと思う。破滅的な存在感やノリだけでは長続きしないことを悟って,話術を極めるという方に軌道修正した気がする。そしてそれは結果的に正しかったのだと思う。いまの馬鹿力は良くも悪くも安定しているし,朝の名物番組の後継者にも選ばれているので,賢い選択をしたのだろう。一方の山本さんは,「破滅的な面白さ」のままブレーキを踏まずクラッシュしてしまった感がある。

想像と妄想

先日のめちゃイケは,久々に見応えのあるバラエティ番組だと思った。もちろん,極楽とんぼに対する個人的な思い入れの分もあるが,作り手の本気もあっただろう。痛々しいほどの説教に感動の演出など,ちょっと嫌なところもあったが,多方面に配慮してあの内容なら上手くやったと思う。

一番気になったのは,よゐこ濱口さんが,「相手女性の気持ちを考えたことはあるか」と聞いたことだ。これをカメラの前で言われてしまうと,当人は立場上謝る以外無く,実際山本さんは土下座して謝罪した。事の真相が分からない,本人も口に出来ない状況で,過剰に「罪を犯した」という印象を視聴者に与えるのはどうかと思った。場合によっては「証言」として扱われてしまう。濱口さんの優しさから出た言葉だとは思うが,ここはちょっと見ていられなかった。

ネット上でも「被害者(相手)の気持ちを考えろ」という意見はある。ただ,例の事件に関しては女性が年齢を偽って近付いた,と訴えている人もいる。それを一方的に信じ込んで,女性側を批判している者もいる。これはどちらも危ない考え方で,事情を全く知らない人間が,想像を一人歩きさせて良いことは何もない。それは想像ではなく「妄想」だ。

強姦というのは親告罪で,つまり被害を受けたという者から告訴しなければ罪に問えない。これには,問題が問題なだけに詮索されたくない被害者の感情に配慮する必要がある,という意図もあるので,告訴を取り下げたから山本さんに全く非が無かったとも言い切れない。他方,強姦というものが当事者たちの認識以外に根拠のない,境界線の曖昧なものであるのも確かで,他人は「疑わしきは罰せず」としておくしかない。

いくら本当の事を話せといっても,山本さん・女性側のどちらにも立場上口にするのが難しい問題というのはあるわけで,それをよそに他人が勝手な妄想を膨らませるべきではないと思う。

極楽とんぼは再起出来るか

最後に,極楽とんぼ再起の可能性について少し考えてみたい。

これについては,山本さんが反省していなければ視聴者が受け入れないし,反省し過ぎて「普通の人」になったら面白くないだろう,という意見が前々からあった。私も,どうやって芸風を再構築していくのか,まったく想像がつかなかった。

ただ,30日の番組最後で,最後まで反省しているように見えない山本さんを叱る加藤さんというのは,意外に面白かった。いくら反省させても反省しているように見えない人,というのはたまにいるが,山本さんには反省に対するゴムのような弾力感がある。本人なりに本気で反省しつつ,なおかつ全くめげないという雰囲気を奇跡的に醸し出している。

ライブのチケットも数分で完売したそうで,これは杞憂かもしれない。

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