新 C++ 批判

描主宇田川浩行#F85E
上描き希哲10年(2016年)
08月07日 14:15
下描き希哲10年(2016年)
08月07日 13:51
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

近年,論組〈プログラミング〉言語 C++ の大きな拡張が相次ぎ,その界隈は話題に事欠かない。私は C++98(およびほぼ同等のC++03)を「古典 C++」と呼び,C++11 以降を「新 C++」と呼んでいるのだが,この新 C++ の評判は概ね良いようで,あまり批判的な意見は聞かない。批判的な人はすでに C++ から離れているのかもしれない。

私自身の新 C++ に対する印象は一貫している。良くも悪くも「言語オタクの机上の空論」だ。良い意味では緻密に作り込まれているのだが,悪い意味では「センスがない」と感じる。コミュニティもますますタコツボ的になってきているのか,あまり見解に多様性が無いとも感じる。もしかすると,C++ が好きで,C++ にのめり込んでいる人だけが残っているのではないかと思う。

古典 C++ と新 C++ には,実績と評価という点で大きな差がある。古典 C++ の採用実績と定評が,同じように新 C++ に引き継がれるか,というとそうではないだろう。言語の選択肢が昔に比べてずっと多様になっている中で,新 C++ が選ばれ,実践を通じて評価が定着するまでにあと10年はかかる。私は,そこまで運命を共にする価値を新 C++ には見出せない。新 C++ の言語仕様やコードを眺めていて,どうしてもそれでまともな 想品ソフトウェア開発が出来るとは思えないのだ。少なくとも私には無理だ。

具体的にどこがどう駄目なのかは,私が開発している がいずれ明らかにしていくだろう。

もちろん,新 C++ にも美点は多いし,これまで C++ を使ってきて,これからも C++ を使わざるをえない人達にとって魅力的であることは否定できない。ただ,最近の C++ コミュニティを見ていると,もう少し危機感を持った方がいいのではないかと心配になる。C++ そのものは,広く使われている言語の中で一番信頼しているだけに,あまりおかしな方向に行ってほしくないのだ。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
制作・運営:希哲社
© Kitetu 1-10 (2007-2016) KiTetuSha