東京五輪は返上すべきか否か

描主宇田川浩行#F85E
下描き希哲10年(2016年)
05月30日 13:13
利承
ライセンス
希哲館普通利承(KULクール

2020年東京オリンピック開催権を返上すべきとの声が高まっている。もともと問題続きではあったが,賄賂(裏金)疑惑によって急速に東京五輪開催に向けての不透明感が増した。IOC国際オリンピック委員会)が厳しい姿勢を示していることから開催権剥奪の可能性すらささやかれる中,潔く返上した方が良いという声がよく聞かれるようになった。

私個人は,五輪開催・中止のどちらかを自己目的化した議論は無意味だと考えている。好ましい状態で開催出来るならすれば良いし,問題の方が大きければ中止した方が良い。ただそれだけのことだ。五輪は反動不況の存在が知られているので,開催することで必ず日本に利益があるとも言えないし,関係者が認めている通り,そもそも当初の予算見積に無理があったのは事実であり費用対効果にも過剰な期待は出来ない。

何より,関係団体の腐敗体質が問題だ。JOC日本オリンピック委員会)会長の竹田恒和氏,組織委員会会長の森喜朗氏,そして現職の舛添要一氏をはじめとする醜聞まみれの東京都知事たちと,見事なまでに腐臭の漂う顔触れだ。これまでの問題がこの体質に由来していることは明らかであるし,これからも問題は起きるだろう。一番良くないのは,何ら体質を改善せずに惰性で開催に至ってしまうことだ。以前にも描いたように,体制を一新して続けるか,潔く止めるか,その決断が必要だ。

もちろん,五輪の本質は競技にあるのだから,競技そのものへの期待は別にあって良い。だからこそ,どこで開催するかということに囚われ過ぎて記憶を汚すような大会にしてはいけない。現状で考え得る最悪の結末は,この泥沼状態のまま五輪開催に突き進み,途中で自然災害直撃に見舞われ,全ての努力が水泡に帰すことだろう。これもあり得ないことではない。次に悪いのは,最悪の自然災害こそないが不祥事まみれの五輪として後世に記憶されてしまうことだ。いまはこの路線にある。その次に開催権剥奪があるだろう。これは日本にとって最大の恥辱ではあるが,惰性は断ち切れるし,このさい良い薬になるかもしれない。

ここまでやったのだから今更止められない,もったいない,という感情も分からなくはないが,それは博打で借金を重ねている素人と変わらない精神性だ。投資や博打の世界では引き際が肝心と言われるように,損を最小化する(損切り)という発想が必要なこともある。あるいは,似たような理屈で破滅まで突き進んだ太平洋戦争でも思い出そう。

繰り返すが,いま東京五輪は続けるにせよ止めるにせよ痛みを伴う決断を下さなければならない状況にある。日本には世界的に有名な「切腹」という文化があるが,これは自らの運命を自ら決すること自決が誇り高い行為とされたことに由来する。他国にげんこつを落とされるまで見苦しい悪あがきを続けるのは「美しい日本」ではない。

出力論組プログラム虎哲*イチ 1.1号
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